【室生犀星「碓氷山上之月」⑯見晴台】
見晴台へ行くと、
妙義山一帯の山脈が
煤まみれのむら雲の中に、
月の片曇りをあびながら
どんより重畳(ちょうじょう)してゐた。
茫茫(ぼうぼう)たる歲月を
封じ込んでゐるやうで、
むしろ騷騷しい
挑んだ荒凉たる景色であつた。
二三人の西洋人が
七輪に炭火を起して、
お茶をあたためながら、
ベンチに同勢(どうぜい)らしい
二三の若い娘さんたちと
何か話してゐた。
こんな景色は絵よりも文章よりも
音樂に近いかなあと
澄江子(ちょうこうし)が言つた。
「そんなにおさむくはございませんね。」
松村さんは羽織着の
ほつそりした姿で、
旅館のあるじとさう話してゐる。
――予はうちの朝子が
乳を吐いたことや、
ひろちやんの耳のおできや、
けふ来た手紙でうちのものの乳に
こりのできたことなどを思ひ浮べた。
雲は北方へ吹きよせられ
東方の山道が見えて來た。
雲がないので刷(は)いだ山峡は
靜かであつた。
「あれが暴れ出したら大変だな。」
浅間山はこんもりと
象のやうに跼(かが)んで、
どこか遠方で
鎖がつないであるやうな気がした。
煙は上州へながれてゐるので
見えなかつた。
輕井澤の町もすぐ眼の下に見えた。
見晴台から茶店へ行つた。
黒い瘦せた猫が囲炉裏にゐたが、
松村のお孃さんが呼んだので
すぐその膝の上にあがつた。
が、また思ひ返して
囲炉裏のへりへ行つた。
「あひにく力餅が
みんなになりましてな。」
無器用な口つきで、
卒気なく茶店の老人が言つた。
すこしくらゐなら
今から拵(こしら)へると言つた。
べつに食べたくもなかつたが
待つことにした。――
吹きぬけの山風が
裏の山脈から通りすぎた。
…略…
餅をたべ茶をのんで、
峠を下りはじめた。
明るい脚光に浮き出された
山中に多い白い蛾が
紙きれのやうに
片片(へんぺん)として舞うてゐた。
「かへりは少しもこはくは
ありませんかね。」
松村さんがさう言つた。
坦坦(たんたん)として
辷(すべ)つて行つたからである。
「乘せてくれんか?」闇の中で、
旅館のあるじの知り合ひらしいのが、
これも月見のかヘりらしく
道端から聲をかけたが、
自動車は默つてしづかに
辷つて行つた。
(十三曰、八十度)
(室生犀星「碓氷山上之月」)
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画像は、
碓氷峠の見晴台から望む
夜明けの妙義山と紅葉です。
モミジが見頃になりましたが、
まだ緑の木もあるので
長く楽しめそうです。
ところで「碓氷山上之月」の夜、
皆がそれぞれの感慨を
胸に抱きます。
荘厳な月夜の景色を前に、
音楽的な感動を受けた芥川。
浅間山や妙義山を見て
地球の脈動への
畏怖のようなものを感じつつ、
家族やお雪の境遇に
想いを馳せる犀星。
そして宿の主人と語る
片山廣子。
片山の心境は、
犀星の筆からは分かりません。
しかし芥川の死の翌年の1928年、
片山は碓氷峠での芥川との思い出を
「黒猫」という随筆に書きました。
また芥川を偲ぶ歌の中には、
ここで見た白い蛾を
連想させるものもあります。
それも後ほど、
ご紹介します。
ちなみに華氏八十度は、
摂氏約26.7度です。











