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室生犀星「碓氷山上之月」⑭ダンスパーティー

2026.10.28

【室生犀星「碓氷山上之月」⑭ダンスパーティー】

 朝子の帽子を二つ、
マントのやうな毛糸編みの
ちやんちやんを二枚、
レースを一丈、
それだけを買つてかへりかけると、
れいの裏門の女中部屋で
またお雪が唏(な)いてゐた。

予はすぐ神経質で
すぐ対手(あいて)に応へる顏の
番頭を思ひ出した。

每年の老番頭のかはりに
新しく来た番頭であつた。

老番頭の仕事はいくらか浮いて
氣の毒であつた。

時代はこの三千尺の山の上の
旅館の上にまで、
その余勢をもつて訪づれてゐた。

 室(へや)へはいると
澄江子(ちょうこうし)は
すぐ起きて出て、
 「ああよく寢た。」と又言つた。

そして、
 「今夜は徹夜ぢや、
すこし瘦せたかな。」

 と、その頰へ手を持つて行つた。

予が来てからも
少し瘦せたやうに思はれた。

 「お雪がまた泣いてゐたよ。」

 澄江堂(ちょうこうどう)は
不愉快な顏をした。

その不愉快さは次第に
憐愍(れんびん)の表情に
変化(かわ)つた。

戶板の方を向いて
しくしくと泣いてゐるのが、
予に関係のないことだけに
哀れを催した。

 「ああいふぼんやりした
顏といふものは
憎み出したらきりもなく
憎くなる顏立ちだが…」

 「さうだよ、だから可哀さうだよ。」

 澄江子はさう言つた。

 二人とも庭へ出た。

澄江子はそこにある
高い楓の木の枝移りに
するすると木登りをはじめた。

何か腹が立つたやうにである。

 晚、マンペイホテルヘ
茶を飲みに行つた。

 食堂の電燈がいつもよりも
数多く點(とも)れてゐて、
音楽が夜色(やしょく)を縫うた
植込みの中から起つてゐた。

 「何かあるんだな今晚は?――」

 「さうらしいね。」

 サロンに集つてくる人達ちは、
西洋人もさうだが、
日本人もつくりが派手らしく見えた。

肌を露(む)いた西洋人が
食堂の方へでかけるときに、
サロンにゐる日本人の娘や夫人に
あいさつをして行く。

……あれらはみな知り合ひと
見えるな。

しばらくして今夜は
ダンスがあるので、
宮さまもおいでだと
いふことであつた。

二人はぽつ然として坐つてゐたが、
不調和な空氣を感じた。

 「出やう。――」

 二人は同時にさう言つて、
玄関わきの美しい
西洋人の間をすりぬけた。

 「輕井澤では星が少し
大きく見えるよ。」

 さう言へば
星が大きく見えた。

これまで氣がつかなかつた。

――宿の応接間に
松村さんが居られた。

どちらへ?

――マンペイへ行つて来ましたと
予はこたへた。

(十二日、八十度)

⸻

画像は、
紅葉の登山道です。

ところで
この日は万平ホテルで、
宮様が来られる
ダンスパーティーが
開かれたとのこと。

様々な階層の人たちが集う
軽井沢の特殊性が、
浮き彫りになっています。

犀星と芥川は
格差を見せつけられて
万平ホテルを後にしますが、
そのとき頭上の星空の美しさに
気がつきます。

どんな境遇の人に対しても、
星の光は
等しく注がれる⸻
それを実感させられるシーンです。

そして宿に戻ると、
本来なら上流階級に
属している人物でありながら
「物書き」としての
仲間でもある
松村みね子(片山廣子)さんが
応接室で待っていてくれた。

万平ホテルで
当てられた2人にとって、
このお迎えは
どれほど嬉しかったことでしょう。

片山は偶然応接室にいたのではなく、
2人が出かけたのに気がついて
少しおしゃべりをするために
応接室で待っていたのではないかと
思います。

ちなみに
華氏八十度は、
摂氏約26.7℃です。

撮影日20231027
投稿日20261028

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