【室生犀星「碓氷山上之月」⑫秋ぜみとイナゴ】
秋ぜみの明るみ向いて
啞(わらふ)かな
松村みね子さんが咋夜
二階の段梯子をふみはづして、
足のゆびを傷められたと
女中が言つた。
そこで一句、
草かげでいなごがひとり
微笑(うすわら)うた
澄江子も和歌一首をしたゝめ、
お見舞ひのかはりに持たせる。
――晩、二人で
松村さんの部屋へはじめて遊びにゆく。
(十日、八十度)
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画像は、
色づく追分宿郷土館です。
ところで犀星は、
2つの句をここに書いています。
秋ぜみの明るみ向いて
啞(わらふ)かな
この秋ゼミは、
ヒグラシのことかもしれません。
カナカナカナ…と鳴くので、
「啞(わらふ)かな」に
かけているのだと思います。
しかしここで深読みをするなら、
これは芥川龍之介を
指しているのかもしれないのです。
片山廣子という
眩しい女性に向かい、
大喜びで鳴き続けている
という意味です。
そしてお見舞いの一句。
草かげでいなごがひとり
微笑(うすわら)うた
これも深読みするなら、
草かげと
「草葉の陰」を
かけている気がします。
つまり4年前の
1920年に亡くなった
片山の夫、
片山貞治郎を
指しているということです。
その亡き夫が、
そそっかしさが原因の妻の怪我を
あの世から見て
やれやれと思って笑った
という意味かもしれません。
「気をつけなさいよ」という
亡き夫の気持ちを、
代弁した句ということです。
そして
さらにうがった見方をするなら、
芥川が片山廣子にぞっこんなのを見て
「妻は魅力的な女性だから
仕方がないな」と
苦笑いしているでしょう
という意味も
込めているかもしれないのです。
片山廣子は
松村みね子のペンネームで、
数多くのアイルランド文学を
翻訳しています。
犀星が片山のことを
「松村さん」と呼ぶことに
こだわっているのは、
それらの翻訳作品に
親しんできたからだと思われます。
松村みね子の翻訳作品には、
異界転生や
妖精界と人間界の行き来といった
ケルト伝承にまつわる話が
多数あります。(※)
もし犀星が
そうした転生を念頭に置いて
「草かげから
見守っておられるかもしれませんね」
という意味で書いたのだとしたら、
片山の琴線に触れたことでしょう。
さらに、
危なっかしい芥川に対し
ちょっとブレーキをかける意味も
あったかもしれないと
筆者は想像します。
ちなみに華氏八十度は、
摂氏約26.7℃です。
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(※)一例を挙げるなら
松村みね子が翻訳した
フィオナ・マクラウドの
「精」という作品は、
人間が死後に
樹の精として生まれ変わる話です。
ただこれは、
ケルト伝承だけに見られる
考え方ではありません。
例えばブッダが自らの
過去世を語ったとされる
「ジャータカ物語」には、
「ある時
私が森の木の精として
生きていたとき…」や
「ある時
私が鳥であったとき…」など
人間以外のものへの転生譚が
多数収録されています。










