【室生犀星「碓氷山上之月」⑧谷崎潤一郎と佐藤春夫】
夜、マンペイホテルヘ
飯をたべに行く。
樹の間透く電燈が美しい。
食卓のもう一つ向ふの食卓に
ひとりの美人が
家族に交つて坐つてゐた。
笑ふと白い齒が揃つて
それが屈託なささうに
淸潔な感じをさせた。
一年間西洋人を見なかつた
田含ぐらしの予の眼に、
西洋人が珍らしかつた。
一たい輕井澤は
妙に上品振つてきらひである。
しかし凉しいのは好きである。
ことしは西洋人が見られるのが
一つよけいな樂しみになつた。
「谷崎君が好きかも知れない。」
澄江堂はかう言つたが、
予は春夫はどうだらうと言つた。
そして予はまた、
春夫は苦情なしにはここに
居るまいと思つた。
(六日、七十六度)
(室生犀星「碓氷山上之月」より)
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画像は、
室生犀星記念館です。
犀星は軽井沢が好きで、
31歳の1920年(大正9)に初来軽。
1931年(昭和6)には
旧軽井沢の近くに別荘を建て、
72歳で亡くなる前の年(1961年)まで
約40年間にわたり
毎年夏を軽井沢で過ごしました。
特に1944年(昭和19)から
1949年(昭和24)9月までの間は、
軽井沢で疎開生活を送っています。
犀星はこの作品の中で
「一たい輕井澤は
妙に上品振つてきらひである」
と書いていますが、
それは上流階級の人々への
ひがみでしょう。
昨日投稿した
「水蜜桃」の件(くだり)で
「ひがみ」の伏線を張っているので、
「軽井沢嫌い」というのは
ちょっと自虐的に
面白おかしく
書いているに過ぎません。
そしてこの場面では、
芥川龍之介が
西洋趣味の友人
谷崎潤一郎を持ち出します。
それに対し犀星は、
谷崎の友人の
佐藤春夫を引き合いに出しています。
ちょうど
1921年の「小田原事件」と
1930年の「妻譲渡事件」の間で、
谷崎と佐藤が
絶縁していた時期です。
この2人の登場により、
万平ホテルの場面が
いきなり文壇スキャンダルの
空気をまといました。
ちなみに華氏七十六度は、
摂氏約24.4℃です。
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※谷崎は同居する妻の妹せい子に
惹かれていたため、
妻千代子を冷遇。
千代子の境遇に同情した佐藤には、
千代子への恋心が芽生えました
佐藤は谷崎に
千代子との再婚をもちかけますが、
せい子に求婚を断られたため
離婚を撤回。
怒った佐藤が、
谷崎と絶縁したのが
「小田原事件」です。
ただし1926年には、
絶縁を解消しました。
その後谷崎は
千代子と離婚。
翌年
文藝春秋社の編集者だった
古川丁未子と結婚しましたが、
千代子との離婚の際に
佐藤春夫に妻を譲渡しました。
その際
3人連名の挨拶状を知人に送り
物議を醸したのが、
1930年の「細君譲渡事件」です。
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