【室生犀星「碓氷山上之月」⑦水蜜桃】
楓と鬼齒朶(おにしだ)のかげから
朝日グラフの記者が
ひよつこり顏を出して、
ぱちつと二人の写真を撮つた。
――それから向ふの座敷にゐる
兄妹と母親との一族の、
その兄らしい少年が
散步からかへつてくると、
澄江堂(ちょうこうどう)を
ぱちつと撮つてゐた。
そのおれいに缶詰の
水蜜桃(すいみつとう)を
澄江堂へと持つて來た。
予を閑却(かんきゃく)
するも甚だしい。
が、水蜜桃だけは一つ食べた。
その少年の妹さんはべつぴんである。
かの女はいたづらに縁側へ
靴下の足を投け出してゐるのが、
予の机の方から見えた。
れいの「暑さいざよふ」敷石の
まはりの芝を
けふは手がけをかけた
里女(さとのおんな)が刈つてゐる。
その遠景にまつすぐに
一とすぢの噴水が今日から上がつた。
その芝と噴水との景色はよかつた。
予はしきりにほめたが
澄江堂は默つてゐた。
しばらくしてから、
「なるほど、いいな。」と言つた。
そしてまた暫らくしてから
「僕はちよつと睡(ねむ)るからね。」
と言つて睡いかほをした。
昨夜二時に起きて
小用を達しに行つたら、
かれの部屋のひらきが縁側の方へ
二尺ばかり開いて、
濛濛たる煙草のけむりの中に
端然と坐つて仕事をしてゐた。
予は默つて小用を達して
睡つたのである。
睡いのであらう。――
二時間ほどすると洗面したやうに
さつぱりした眼つきをして、
「ああよく寢た。」
と言つた。
昼寝のできない予は
このああよくねたは羨しかつた。
睡たいときには
ほろりと睡れるらしいからである。
「ほんとによくねたよ。」
(室生犀星「碓氷山上之月」より)
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画像は
芥川龍之介との、
何気ない日常の風景です。
「予を閑却する」とは
無視してなおざりにする
というような意味ですが、
その憤慨が
水蜜桃で収まったかのように
書いています。
そのちょっと
落語のような語り口が、
犀星の魅力です。
そして昼寝についてのやりとり。
こんな日常の描写が、
2人の著名な作家を
ぐっと身近に感じさせます。











