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堀辰雄「物語の女」⑮レクイエム

2026.09.17

【堀辰雄「物語の女」⑮レクイエム】

それから二三日するかしないうちに、
森さんからこれから急に
木曾の方へ立たれると云う
お端書(はがき)をいただいた。

私はあの方にお逢いしたら
あれほどお話しておこうと
決心していたのだが、
変にはぐれてしまったのを
何か後悔したいような
気もちであった。

が、一方では、
ああやって何事もなかったように
お逢いし、
そうして何事もなかったように
お分れしたのも
かえって好いことだったかも知れない、
――そう、
自分自身に云って聞かせながら、
いくぶん自分に
安心を強いるような気もちでいた。

そうしてその一方、
私は、
自分たちの運命にも関するような
何物かが――今日でなければ、
明日にもその正体が
はっきりとなりそうな、
しかしそうなることが
私たちの運命を好くさせるか、
悪くさせるか
それすら分らないような何物かが――
一滴の雨をも落さずに
村の上を過(よ)ぎってゆく
暗い雲のように、
自分たちの上を
通り過ぎていってしまうようにと
希(ねが)っていた。……

(堀辰雄「物語の女」より)

画像は、
夕暮れの時の幻日です。

ところで「物語の女」は
「菜穂子」の冒頭
「楡の家」に収録されており
森於菟彦は芥川龍之介が、
三村夫人は片山廣子が
モデルとされています。

今回引用した部分からも、
三村夫人が
不吉なものを感じていた
ということが伝わってきます。

やはり芥川龍之介には、
魔の手が伸びつつあったのだろうかと
思わずにはいられません。

芥川の死後、
堀辰雄と片山廣子が
深く語り合ったであろうことは
想像に難くありません。

その上で堀辰雄は
芥川の死について、
自分たちに危険が及ばない
ぎりぎりの範囲で
真相を書くことを決意。

その小説に
真実味をもたせるため、
片山廣子は
できるだけ多くのエピソードを
堀辰雄に語ったのではないかと
筆者は想像します。

いわば
堀辰雄と片山廣子の
共同制作による、
芥川龍之介へのレクイエム。

それがこの
「物語の女」なのではないかと、
筆者は考えています。

撮影日20260612
投稿日20260917

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