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堀辰雄「物語の女」⑫憔悴

2026.09.14

【堀辰雄「物語の女」⑫憔悴】

そのうちときどき
晴れ間も見えるようになり、
どうかすると庭の面に
うっすらと日の射し込んでくるような
こともあった。

すぐまたそれは
翳(かげ)りはしたけれど。

私は、
この頃庭の真んなかの
楡(にれ)の木の下に
丸木のベンチを作らせた、
そのベンチの上に
楡の木の影がうっすらとあたったり、
それがまた次第に弱まりながら、
だんだん消えてゆきそうになる――
そういう絶え間のない変化を、
何かに怯(おび)やかされて
いるような気もちがしながら
見守っていた。

あたかもこの頃の自分の不安な、
落ちつかない心を
そっくりそのまま
それに見出しでもしているように。

 それから数日後、
かあっと日の照りつけるような
日が続きだした。

しかしその日ざしはすでに
秋の日ざしであった。

まだ日中はとても暑かったけれども。

――森さんが突然
お見えになったのは、
そんな日の、
それも暑いさかりの
正午近くであった。

 あの方は驚くほど
憔悴(しょうすい)なすって
いられるように見えた。

そのお痩(や)せ方や
お顔色の悪いことは、
私の胸を一ぱいにさせた。

あの方にお逢いするまでは、
この頃、
目立つほど老けだした私の様子を、
あの方がどんな眼で
お見になるかと
かなり気にもしていたが、
私はそんなことはすっかり
忘れてしまった位であった。

そうして私は
気を引き立てるようにして
あの方と世間並みの
挨拶などを交わしているうちに、
その間私の方を
しげしげと見ていらっしゃる
あの方の暗い眼ざしに
私の窶やつれた様子が
あの方をも同じように
悲しませているらしいことを
やっと気づき出した。

私は心の圧(お)しつぶされそうなのを
やっと耐えながら、
表面だけはいかにも
もの静かな様子を佯っていた。

が、私にはその時それが精一ぱいで、
あの方がいらしったら
お話をしようと
決心していたことなどは、
とてもいま切り出すだけの
勇気はないように思えた。

(堀辰雄「物語の女」より)

画像は、
浅間山麓のヤナギランです。

ところで「物語の女」は
「菜穂子」の冒頭
「楡の家」に収録されており
森於菟彦は芥川龍之介が、
三村夫人は片山廣子が
モデルとされています。

「一九二六年九月七日、O村にて」
で始まる日記形式で、
森於菟彦が
憔悴し切った様子で訪ねてきたのは
1926年(大正15年)8月という
設定になっています。

芥川龍之介が来軽したのは
1924年と1925年なので
実際は1926年に
東京で片山廣子と会った時の印象を
堀辰雄が片山廣子本人から
聞いて書いたのかもしれない
と筆者は想像します。

撮影日20250804
投稿日20260914

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