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堀辰雄「物語の女」⑩不吉な予感

2026.09.12

【堀辰雄「物語の女」⑩不吉な予感】

その日からというもの、
私はあの方が
私のまわりにお拡げになった、
見知らない、
なんとなく胸苦しいような
雰囲気のなかに暮らしだした。

私のお逢いする人達といえば、
誰もかもみんなが私を
何かけげんそうな顔をして
見ているような気がされて
ならなかった。

そうしてそれから数週間というものは、
私はお前たちに顔を合わせるのさえ
避けるようにして、
自分の部屋に閉とじ籠こもっていた。

私はただじっとして
私の身に迫ろうとしている何やら
私にも分からないものから
身をはずしながら、
それが私たちの傍を
通り過ぎてしまうのを
待っているより他はないような
気がした。

とにかくそれを私たちの中に
はいりこませ、
縺(もつ)れさせさえしなければ、
私たちは救われる。

そう私は信じていた。

 そうして私は
こんな思いをしているよりも
一層のこと
早く年をとってしまえたら
とさえ思った。

自分さえもっと年をとってしまい、
そうしてもう女らしく
なくなってしまえたら、
たとえ何処であの方と
お逢いしようとも、
私は静かな気もちで
お話が出来るだろう。

――しかし今の私は、
どうも年が中途半端なのが
いけないのだ。

ああ、一ぺんに年が
とってしまえるものなら……

 そんなことまで
思いつめるようにしながら、
私はこの日頃、
すこし前よりも痩(や)せ、
静脈のいくぶん浮きだしてきた
自分の手をしげしげと
見守っていることが多かった。

(堀辰雄「物語の女」より)

画像は

ところで「物語の女」は
「菜穂子」の冒頭
「楡の家」に収録されており
森於菟彦は芥川龍之介が、
三村夫人は片山廣子が
モデルとされています。

今回引用した三村夫人の
「一層のこと
早く年をとってしまえたら」
というつぶやきは、
非常にリアリティがありますね。

この作品が発表された
1934年10月時点で
29歳の青年だった
堀辰雄の創作とは、
到底思えない台詞です。

恐らく片山廣子から聞いて、
書いた台詞なのでしょう。

そして片山廣子は、
何か非常に不吉なものを
感じていたということも
一連つぶやきから見て取れます。

芥川龍之介は
「桃太郎」など
帝国主義批判の作品により
「自分が当局からマークされている」
可能性について、
堀辰雄と片山廣子には
打ち明けていたのではないかと
筆者は想像します。

その秘密を知る2人だからこそ、
芥川の死後に
親密に語り合ったのでは
ないでしょうか。

堀は片山廣子との対話を通じ
師である芥川龍之介の
死の真相について、
ギリギリの線で
書いておきたいと
思ったのではないかと
筆者は考えています。

撮影日20260716
投稿日20260912

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