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堀辰雄「物語の女」⑦蒼ざめた顔

2026.09.09

【堀辰雄「物語の女」⑦蒼ざめた顔】

この二三日で、
ほんとうに秋めいて来てしまった。

朝など、
こうして窓ぎわに一人きりで
何んということなしに
物思いに耽(ふけ)っていると、
向うの雑木林の間から
これまでは
ぼんやりとしか見えなかった
山々の襞(ひだ)までが
一つ一つ
くっきりと見えてくるように、
過ぎ去った日々の
とりとめのない思い出が、
その微細なものまで
私に思い出されてくるような気がする。

が、それはそんな気もちのするだけで、
私のうちにはただ、
何んとも云いようのない
悔いのようなものが
湧いてくるばかりだ。

 日暮れどきなど、
南の方でしきりなしに
稲光りがする。

音もなく。

私はぼんやり頬杖をついて、
若い頃よくそうする癖があったように
窓硝子(まどガラス)に
自分の額を押しつけながら、
それを飽かずに眺めている。

痙攣的(けいれんてき)に
目たたきをしている、
蒼ざめた一つの顔を
硝子の向うに浮べながら……

(堀辰雄「物語の女」より)

画像は浅間山麓の
秋の森です。

ところで「物語の女」は
「菜穂子」の冒頭
「楡の家」に収録されており、
森於菟彦は芥川龍之介が
三村夫人は片山廣子が
モデルとされています。

引用した部分で
三村夫人が思い浮かべているのは、
森於菟彦の表情でしょう。

となると芥川龍之介も、
「痙攣的(けいれんてき)に
目たたきをしている蒼ざめた顔」
をしていたのでしょうか。

「物語の女」の
三村夫人の日記は、
1926年(大正15年)9月に
書いたことになっています。

「追分で虹を見た」のは、
前年1925年夏の思い出
という設定になっています。

そして日記の翌年
1927年の7月に、
森於菟彦は亡くなります。

芥川龍之介も
1924年と1925年に来軽し
1927年(昭和2年)7月24日に
亡くなっていますから、
彼の晩年の様子が
ここに書かれているのかもしれません。

撮影日20251023
投稿日20260909

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