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堀辰雄「物語の女」②好奇心

2026.09.04

【堀辰雄「物語の女」②好奇心】

隣りのK村にはそのころ、
お前のお父様の
生きていらしった時分の
知合がだいぶ避暑に
来るようになっていた。

その日も、
お父様のもとの同僚だった方の、
或るティ・パアティに招かれて、
私はお前を伴って、
そこのホテルに出かけたのだった。

まだ定刻に少し間があったので、
私たちはヴェランダに出て待っていた。

その時私はひょっくり
ミッション・スクール時代のお友達で、
今は知名のピアニストに
なっていられる
安宅(あたか)さんにお会いした。

安宅さんはその時、
三十七八の、背の高い、
痩やせぎすの男の方と
立ち話をされていた。

それは私も一面識のある
森於菟彦(もり おとひこ)さんだった。

私よりも五つか六つ年下で、
まだ御独身(おひとりみ)の方だけれど、
brilliant という字の化身のような
そのお方と
親しくお話をするだけの勇気は
私には無かった。

安宅さんと何やら
気の利いた常談を
交わしていらっしゃるらしいのを、
私たちだけは無骨者らしい顔をして
眺めていた。

しかし森さんは私たちの
そんな気持がおわかりだったと見え、
安宅さんが何か用事があって
その場を外されると、
私たちの傍に近づかれて
二言三言話しかけられたが、
それは決して私たちを
困らせるようなお話し方ではなかった。

 それで私もつい気やすくなり、
その方のお話相手になっていた。

聞かれるままに私どものいる
O村のことをお話すると、
大へん好奇心を
お持ちになったようだった。

そのうち安宅さんをお誘いして
お訪ねしたいと思いますが
よろしゅうございますか、
安宅さんが行かれなかったら
私一人でも参りますよ、
などとまで仰しゃった。

ほんの気まぐれから
そう仰しゃったのではなく、
何んだかお一人でも
いらっしゃりそうな
気がしたほどだった。

(堀辰雄「物語の女」より)

画像は、
旧スイス公使館です。

ところで「物語の女」は
「菜穂子」の冒頭
「楡の家」に収録されています。

ここで
「お前」と呼びかけているのは、
三村夫人の娘の
菜穂子のことです。

そして今回引用したのは
片山廣子をモデルとする
三村夫人が、
芥川龍之介をモデルとする
森於菟彦と親しくなる場面です。

「brilliant という字の化身」
という表現が、
芥川の弟子の
堀辰雄ならではですね。

芥川龍之介と片山廣子の
双方と親しくした
堀辰雄だったからこそ、
出会いの場面の雰囲気を
「物語」に出来たのでしょう。

これはあくまでも小説ですが、
実在の人物と重ねて
読んでもらうことを
堀辰雄が意識して書いたのは
間違いないでしょう。

撮影日20260709
投稿日20260904

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