【堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」⑧縁談】
それまでも二三度そんな話を
他から頼まれて持ってきたが、
いつも私達が相手にならなかった
高輪のお前のおばが、
この夏もまた新しい縁談を
私のところに持ってきたが、
丁度森さんが北京で
お亡くなりになったり
した時だったので、
私も落ち着いてその話を
聞いてはいられなかった。
しかし二度も三度も
うるさく云って来るものだから、
しまいには私もつい面倒になって、
菜穂子の結婚のことは
当人の考えに任せる事に
してありますから、
と云って帰した。
ところがお前が八月になって
私と入れ代りに東京へ
帰ったのを知ると、
すぐお前のところに直接
その縁談を勧めに来たらしかった。
そしてそのとき私が
何もかもお前の考えの儘に
させてあると云った事を
妙に楯(たて)にとって、
お前がそれまでどんな縁談を
持ちこまれても
みんな断ってしまうのを
私までがそれをお前の
我儘のせいにしているように
お前に向って責めたらしかった。
私がそう云ったのは、
何もそんなつもりではない位な事は、
お前も承知していていい筈だった。
それだのに、
お前はそのときお前のおばに
そんな事で突込まれた
腹立ちまぎれに、
私の何んの悪気もなしに云った言葉を
もお前への中傷のように
とったのだろうか。
少くとも、
いまお前の私に向って
その話をしている話し方には、
私のその言葉をも含めて
怒っているらしいのが感ぜられる。……
そんな話の中途から、
お前は急に幾分ひきつったような顔を
私の方へもち上げた。
「その話、
お母様は一体どうお思いになって?」
「さあ、私には分からないわ。
それはあなたの……」
いつもお前の不機嫌そうなときに
云うようなおどおどした口調で
そう云いさして、
私は急に口をつぐんだ。
こんなお前を避けるような
態度でばかりは
もう断じてお前に対すまい、
私は今宵こそはお前に
云いたいだけのことを
云わせるようにし、
自分もお前に
云っておくべきことだけは
残らず云っておこう。
私はお前のどんな手きびしい
攻撃の矢先にもまともに耐えて
立っていようと決心した。
で、私は自分に鞭うつような
強い語気で云い続けた。
「……私は本当のところをいうとね、
その御方がいくら一人息子でも、
そうやって母親と二人きりで、
いつまでも独身でおとなしく
暮らしていらしったというのが
気になるのよ。
なんだか話の様子では、
母親に負けているような
気がしますわ、その御方が……」
お前はそう私に思いがけず
強く出られると、
何か考え深そうになって
燃えしきっている薪を見つめていた。
二人は又しばらく黙っていた。
それから急にいかにも
その場で咄嗟(とっさ)に
思いついたような不確かな調子で
お前が云った。
「そういうおとなし過ぎる位の人の方が
かえって好さそうね。
私なんぞのような
気ばかし強いものの
結婚の相手には……」
私はお前がそんなことを
本気で云っているのかどうか
試めすようにお前の顔を見た。
お前は相変らずぱちぱち音を立てて
燃えている薪を
見据えるようにしながら、
しかもそれを見ていないような、
空虚な目ざしで自分の前方を
きっと見ていた。
それは何か思いつめているような
様子をお前に与えていた。
いまお前の云ったような考え方が
私への厭味(いやみ)ではなしに、
お前の本気から
出ているのだとすれば、
私はそれには迂闊(うかつ)に
答えられないような気がして、
すぐには何んとも返事が
せられずにいた。
お前が云い足した。
「私は自分で自分のことが
よく分かっていますもの。」
「…………」
私はいよいよ
何んと返事をしたらいいか
分からなくなって、
ただじっとお前の方を見ていた。
(堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」より)
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画像は、
浅間山麓に咲くクルマユリです。
ところで引用した箇所は
小説「菜穂子」の
メインテーマである、
「女性の生き方」についての
根本的な問いかけです。
縁談についての
三村夫と菜穂子の意見が
真っ向から対立していますが、
昭和初期における結婚とは
「会ったことも無い人との
お見合い結婚」
が普通だったのだと
思い知らされます。
しかし2人のやりとりを見ると、
母の三村夫人の方が
そうした結婚の在り方に
懸念を抱いているのが分かります。
ではなぜ菜穂子は、
こんなにも意固地になって
母に反抗しているのでしょうか。
その理由が、
徐々に明らかになります。










