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芥川龍之介「侏儒の言葉」種子

2026.08.31

【芥川龍之介「侏儒の言葉」種子】

 わたしは二三の友だちには
たとい真実を言わないにもせよ、
嘘をついたことは一度もなかった。

彼等も亦嘘をつかなかったから。

   人生

 革命に革命を重ねたとしても、
我我人間の生活は
「選ばれたる少数」を除きさえすれば、
いつも暗澹(あんたん)としている
筈(はず)である。

しかも「選ばれたる少数」とは
「阿呆と悪党と」の異名に過ぎない。

   民衆

 シェクスピイアも、ゲエテも、
李太白(りたいはく)も、
近松門左衛門も滅びるであろう。

しかし芸術は民衆の中に
必ず種子を残している。

わたしは大正十二年に
「たとい玉は砕けても、
瓦かわらは砕けない」
と云うことを書いた。

この確信は今日(こんにち)でも
未だに少しも揺がずにいる。

   又

 打ち下ろす
ハンマアのリズムを聞け。

あのリズムの存する限り、
芸術は永遠に滅びないであろう。
(昭和改元の第一日)

   又

 わたしは勿論失敗だった。
が、わたしを造り出したものは
必ず又誰かを作り出すであろう。

一本の木の枯れることは
極めて区々たる問題に過ぎない。

無数の種子を宿している、
大きい地面が存在する限りは。
(同上)

   或夜の感想

 眠りは死よりも愉快である。
少くとも容易には違いあるまい。
(昭和改元の第二日)

(芥川龍之介「侏儒の言葉(遺稿)」より)

画像は
カトリック軽井沢聖パウロ教会です。
(許可を得て撮影・投稿しています)

ところで引用したのは
「侏儒の言葉」の最終章、
遺稿となった部分です。

これを読むと芥川は、
様々な本当のことーー
すなわち
「帝国主義批判により
当局から狙われる身となった」
ことを親友にさえ
話していなかったようです。

親友たちを、
危険に晒さないためでしょう。

そして
「一本の木の枯れることは
極めて区々たる問題に過ぎない」
というのは、
自らの死を覚悟した言葉でしょう。

「無数の種子を宿している、
大きい地面が存在する限りは。」
と続けているのは、
自分の志を受け継ぐ者たちが
今後数多(あまた)現れるだろう
ということを言っているのだと
思います。

恐らく聖書の中の
この言葉を念頭に置いて、
書いたのではないでしょうか。

「はっきり言っておく。
一粒の麦は、
地に落ちて死ななければ、
一粒のままである。
だが、死ねば、
多くの実を結ぶ。」

(ヨハネによる福音書 12:24 )

そしてその意図を理解し
自らの作品の中に
芥川の真実を
織り込んでいったのが、
弟子の堀辰雄でした。

撮影日20260529
投稿日20260831

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