【堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」⑤秋の日】
そのうちに雨が
漸(や)っとの事で上がって、
はじめて秋らしい日が続き出した。
何日も何日も
濃い霧につつまれていた山々や
遠くの雑木林が突然、
私達の目の前にもう半ば
黄ばみかけた姿を見せ出した。
私は矢っ張何かほっとし、
朝夕、あちこちの林の中などへ
散歩に行くことが多くなった。
余儀なく家にばかり
閉じこもらされていたときは
そんな静かな時間を
自分に与えられたことを
有難がっていたのだったけれど、
こうして林の中を一人で歩きながら
何もかも忘れ去ったような
気分になっていると、
こういう日々もなかなか好く、
どうしてこの間までは
あんなに陰気に暮らして
いられたのだろうと
我ながら不思議にさえ
思われてくる位で、
人間というものは随分
勝手なものだと私は考えた。
私の好んで行った山よりの
落葉松林(からまつばやし)は、
ときおり林の切れ目から
薄赤い穂を出した芒すすきの向うに
浅間の鮮な山肌をのぞかせながら、
何処までも真直に続いていた。
その林がずっと先きの方で
その村の墓地の横手へ
出られるようになっていることは
知っていたけれど、
或日私は好い気持になって
歩いているうちに
その墓地近くまで来てしまい、
急に林の奥で
人ごえのするのに驚いて、
惶(あわ)ててそこから
引っ返して来た。
丁度その日はお
彼岸の中日だったのだ。
私はその帰り道、
急に林の切れ目の芒の間から
一人の土地の者らしくない
身なりをした
中年の女が出てきたのに
ばったりと出会った。
向うでも私のような女を見て
ちょっと驚いたらしかったが、
それは村の本陣のおようさんだった。
「お彼岸だものですから、
お墓詣(はかまいり)に
一人で出て来たついでに、
あんまり気持が佳(よ)いので
つい何時までも家に帰らずに
ふらふらしていました。」
おようさんは顔を薄赤くしながら
そう云って
何気なさそうな笑い方をした。
「こんなにのんびりとした
気持になれたことは
この頃滅多にないことです。……」
おようさんは長年
病身の一人娘をかかえて、
私同様、
殆ど外出することもないらしいので、
ここ四五年と云うものは
私達はときおりお互の噂を
聞き合う位で、
こうして顔を合わせたことは
ついぞなかったのだ。
私達はそれだものだから、
なつかしそうに
つい長い立ち話をして、
それから漸ようやくの事で分かれた。
(堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」より)
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画像は、
御代田町から望む
晩秋の浅間山です。
引用文からは、
秋の軽井沢のたたずまいが
伝わってきます。
この場面は
三村夫人というより、
散策好きな
堀辰雄の気分を
表しているような気がします。
またこの場面で
三村夫人がばったりと出会う
「おようさん」は、
堀辰雄が滞在した追分宿
油屋の御主人の姉が
モデルだと言われています。
美しい人だったそうです。










