【芥川龍之介「河童」⑤娑婆界】
僕等はトツクの家へ
駈けつけました。
トツクは右の手にピストルを握り、
頭の皿から血を出したまま、
高山植物の鉢植ゑの中に
仰向けになつて倒れてゐました。
その又側には雌の河童が一匹、
トツクの胸に顔を埋め、
大声を挙げて泣いてゐました。
僕は雌の河童を抱き起しながら、
(一体僕はぬらぬらする河童の皮膚に
手を触れることを
余り好んではゐないのですが。)
「どうしたのです?」と尋ねました。
「どうしたのだか、わかりません。
唯何か書いてゐたと思ふと、
いきなりピストルで
頭を打つたのです。
ああ、わたしはどうしませう?
qur-r-r-r-r, qur-r-r-r-r」
(これは河童の泣き声です。)
「何しろトツク君は我儘だつたからね。」
硝子会社の社長のゲエルは
悲しさうに頭を振りながら、
裁判官のペツプにかう言ひました。
しかしペツプは何も言はずに
金口の巻煙草に火をつけてゐました。
すると今まで跪いて、
トツクの創口(きずぐち)などを
調べてゐたチヤツクは
如何にも医者らしい態度をしたまま、
僕等五人に宣言しました。
(実は一人と四匹とです。)
「もう駄目です。
トツク君は元来胃病でしたから、
それだけでも憂鬱に
なり易かつたのです。」
「何か書いてゐたと云ふことですが。」
哲学者のマツグは弁解するやうに
かう独り語を洩らしながら、
机の上の紙をとり上げました。
僕等は皆頸をのばし、
(尤も僕だけは例外です。)
幅の広いマツグの肩越しに
一枚の紙を覗きこみました。
「いざ、立ちて行かん。
娑婆界を隔つる谷へ。
岩むらはこごしく、やま水は清く、
薬草の花はにほへる谷へ。」
マツグは僕等をふり返りながら、
微苦笑と一しよにかう言ひました。
「これはゲエテの『ミニヨンの歌』の
剽窃(へうせつ)ですよ。
するとトツク君の自殺したのは
詩人としても疲れてゐたのですね。」
(芥川龍之介「河童」より)
ー
画像は、
芥川龍之介が愛した追分宿
にある泉洞寺です。
引用したのは、
芥川が遺稿の「歯車」の中で
「僕はこの小説の世界を
超自然の動物に満たしてゐた。
のみならずその動物の一匹に
僕自身の肖像画を描いてゐた」
と書いた
河童の詩人トックの最期です。
芥川は自分が死んだらどうなるか、
何度も頭の中で
シミュレーションしていた
ということが
この記載から伺われます。
決して突発的な自殺ではなく、
悩みに悩んだ末の
最終選択だったのでしょう。
ここで芥川が使った
「娑婆(しゃば)」は
サンスクリット語の
サハーの音訳で、
「忍耐」の意味。
それ故「娑婆界」は
「忍土」と意訳されることもあります。
老病四苦からは逃れられず、
不動のものは何もない
現世の「現象界」を指す言葉。
その物質的な苦しみの世界から
平安で歓喜に満ちた「実在」の世界、
「普遍意識」や
「第一原因」とも呼ばれる
究極の「彼岸」への
旅立ちを説いたのが
ブッダやキリストでありました。










