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芥川龍之介「河童」④トックの死

2026.08.27

【芥川龍之介「河童」④トックの死】

 ペツプは巻煙草を抛り出しながら、
気のない薄笑ひを洩らしてゐました。

そこへ口を出したのは
法律には縁の遠いチヤツクです。

チヤツクはちよつと鼻眼金を直し、
かう僕に質問しました。

「日本にも死刑はありますか?」

「ありますとも。日本では絞罪です。」

 僕は冷然と構えこんだペツプに
多少反感を感じてゐましたから、
この機会に皮肉を浴せてやりました。

「この国の死刑は日本よりも
文明的に出来てゐるでせうね?」

「それは勿論文明的です。」

 ペツプはやはり落ち着いてゐました。

「この国では絞罪などは用ひません。
稀には電気を用ひることもあります。
しかし大抵は電気も用ひません。
唯その犯罪の名を
言つて聞かせるだけです。」

「それだけで河童は死ぬのですか?」

「死にますとも。
我々河童の神経作用は
あなたがたのよりも微妙ですからね。」

「それは死刑ばかりではありません。
殺人にもその手を
使ふのがあります。――」

 社長のゲエルは色硝子の光に
顔中紫に染りながら、
人懐つこい笑顔をして見せました。

「わたしはこの間も或社会主義者に
『貴様は盗人だ』と言はれた為に
心臓痲痺を起しかかつたものです。」

「それは案外多いやうですね。
わたしの知つてゐた或弁護士などは
やはりその為に
死んでしまつたのですからね。」

 僕はかう口を入れた河童、
――哲学者のマツグを
ふりかへりました。

マツグはやはりいつものやうに
皮肉な微笑を浮かべたまま、
誰の顔も見ずにしやべつてゐるのです。

「その河童は誰かに蛙だと言はれ、
――勿論あなたも御承知でせう、
この国で蛙だと言はれるのは
人非人と云ふ意味になること位は。
――己は蛙かな? 
蛙ではないかな?
と毎日考へてゐるうちに
とうとう死んでしまつたものです。」

「それはつまり自殺ですね。」

「尤もその河童を蛙だと言つたやつは
殺すつもりで言つたのですがね。
あなたがたの目から見れば、
やはりそれも自殺と云ふ……」

 丁度マツグがかう云つた時です。
突然その部屋の壁の向うに、
――確かに詩人のトツクの家に
鋭いピストルの音が一発、
空気を反ね返へすやうに
響き渡りました。

(芥川龍之介「河童」より)

画像は、
湯川ふるさと公園近くの
湯川です。

ところで
引用した箇所に登場するのは、
▼裁判官ベップ
▼迷い込んだ「僕」を診察した
医者のチャック
▼硝子会社の社長のゲエル
▼哲学者のマッグです。

ここも
芥川の自殺についての、
重要な示唆を含む箇所です。

つまり芥川は
自殺したかのように見えますが、
「実は僕の死を願ったものにより、
追い詰められて死ぬのだ」
ということを
言いたかったのだと思います。

そしてその会話の最中に、
芥川自身を最も色濃く反映した
詩人のトックが亡くなります。

「分かる人は分かってくれ」という、
芥川の悲痛な叫びが
伝わってくるかのようです。

もちろん芥川が心を開いていた
堀辰雄は、
その意味を理解しただろうと
筆者は思います。

撮影日20260515
投稿日20260827

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