【芥川龍之介「河童」③無政府主義】
僕は悄気返(しよげかへ)つた
ラツプと一しよにもう一度
往来へ出ることにしました。
人通りの多い往来は
不相変(あいかわらず)
毛生欅(ぶな)の並み木のかげに
いろいろの店を並べてゐます。
僕等は何と云ふこともなしに
黙つて歩いて行きました。
するとそこへ通りかかつたのは
髪の長い詩人のトツクです。
トツクは僕等の顔を見ると、
腹の袋から半巾(ハンケチ)を出し、
何度も額を拭ひました。
「やあ、暫らく会はなかつたね。
僕はけふは久しぶりにクラバツクを
尋ねようと思ふのだが、……」
僕はこの芸術家たちを
喧嘩させては悪いと思ひ、
クラバツクの如何にも
不機嫌だつたことを
婉曲にトツクに話しました。
「さうか。ぢややめにしよう。
何しろクラバツクは
神経衰弱だからね。
……僕もこの二三週間は
眠られないのに弱つてゐるのだ。」
「どうだね、
僕等と一しよに散歩をしては?」
「いや、けふはやめにしよう。おや!」
トツクはかう叫ぶが早いか、
しつかり僕の腕を掴みました。
しかもいつか体中に
冷や汗を流してゐるのです。
「どうしたのだ?」
「どうしたのです?」
「何、あの自動車の窓の中から
緑いろの猿が一匹
首を出したやうに見えたのだよ。」
僕は多少心配になり、
兎に角あの医者のチヤツクに
診察して貰ふやうに勧めました。
しかしトツクは何と言つても、
承知する気色さへ見せません。
のみならず何か疑はしさうに
僕等の顔を見比べながら、
こんなことさへ言ひ出すのです。
「僕は決して無政府主義者ではないよ。
それだけはきつと忘れずに
ゐてくれ給へ。――ではさやうなら。
チヤツクなどは真平御免だ。」
僕等はぼんやり佇んだまま、
トツクの後ろ姿を見送つてゐました。
(芥川龍之介「河童」より)
ー
画像は
旧軽井沢の水源地の道です。
ところで引用した箇所は、
詩人のトックが
緑色の猿を見て恐れを抱く場面です。
では、
猿とは何でしょう?
トックの世界には、
河童と唯一のヒトである
「僕」しかいません。
ただし「僕」は、
「或精神病院の患者、――第二十三号」
と小説の冒頭で
紹介されています。
となると猿は、
これらの人々とは
異なる世界から来た存在となります。
恐らく「正常」な社会から来た
監視者ではないかと、
筆者は思います。
その猿は、
河童の世界で
目立たないようにするため
顔を緑色に塗っていた
ということではないでしょうか。
これが何を意味するか。
筆者は芥川の周辺に、
当局のスパイないしは
尾行刑事がいたということを
暗示しているのではないかと思います。
さらにこの「緑の猿」を見た時、
詩人のトックが
「僕は決して無政府主義者ではないよ。
それだけはきつと忘れずに
ゐてくれ給へ」
と発言します。
無政府主義者と聞いて連想するのは
▼1911年(明治44年)に
大逆事件で処刑された
幸徳 秋水(こうとく しゅうすい)や、
▼1923年(大正12年)に
甘粕(あまかす)事件で
殺害された
大杉栄(おおすぎ さかえ)です。
特に甘粕事件は
芥川が自殺するわずか4年前、
▼大杉栄と
▼作家で内縁の妻の伊藤野枝(のえ)、
▼大杉の6歳の甥の3名が
憲兵隊司令部に連行された後
殺害され、
遺体が井戸に捨てられたという
凄惨な事件です。
芥川には
「自分も大杉栄のような目に
遭うのではないか」
という恐怖があったのではないかと
筆者は思います。
そしてこれは筆者の想像ですが、
帝国主義を批判した
芥川の「桃太郎」に
怒りを覚えた誰かが、
「甘粕」と書いた紙で包んだ石を
芥川の自宅の庭に
投げ込んだとしたらーー
それだけで芥川を
恐怖に陥れることが
出来たと思います。
そんな
現代では想像もつかないような
息詰まる時代に、
芥川は生きていたということです。









