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芥川龍之介「河童」②社会主義と芸術至上主義

2026.08.25

【芥川龍之介「河童」②社会主義と芸術至上主義】 

「ふん、君はこの国でも
市民になる資格を持つてゐる。
……時に君は社会主義者かね?」

 僕は勿論 qua
(これは河童の使ふ言葉では
「然り」と云ふ意味を現すのです。)
と答へました。

「では百人の凡人の為に甘んじて
一人の天才を犠牲にすることも
顧みない筈だ。」

「では君は何主義者だ?
誰かトツク君の信条は
無政府主義だと言つてゐたが、……」

「僕か?
僕は超人(直訳すれば超河童です。)だ。」

 トツクは昂然と言ひ放ちました。

かう云ふトツクは芸術の上にも
独特な考へを持つてゐます。

トツクの信ずる所によれば、
芸術は何ものの支配をも受けない、
芸術の為の芸術である、
従つて芸術家たるものは
何よりも先に善悪を絶した
超人でなければならぬと云ふのです。

尤もこれは必しも
トツク一匹の意見ではありません。

トツクの仲間の詩人たちは
大抵同意見を持つてゐるやうです。

現に僕はトツクと一しよに度たび
超人倶楽部へ遊びに行きました。

超人倶楽部に集まつて来るのは詩人、
小説家、戯曲家、批評家、
画家、音楽家、彫刻家、
芸術上の素人等です。

しかしいづれも超人です。

彼等は電燈の明るいサロンに
いつも快活に話し合つてゐました。

のみならず時には得々と彼等の
超人ぶりを示し合つてゐました。

…中略…

 僕は或月の好い晩、
詩人のトツクと肘を組んだまま、
超人倶楽部から帰つて来ました。

トツクはいつになく沈みこんで
一ことも口を利かずにゐました。

そのうちに僕等は火ほかげのさした、
小さい窓の前を通りかかりました。

その又窓の向うには
夫婦らしい雌雄の河童が
二匹、三匹の子供の河童と一しよに
晩餐のテエブルに向つてゐるのです。

するとトツクはため息をしながら、
突然かう僕に話しかけました。

「僕は超人的恋愛家だと
思つてゐるがね、
ああ云ふ家庭の容子を見ると、
やはり羨しさを感じるんだよ。」

「しかしそれはどう考へても、
矛盾してゐるとは思はないかね?」

 けれどもトツクは月明りの下に
ぢつと腕を組んだまま、
あの小さい窓の向うを、
――平和な五匹の河童たちの
晩餐のテエブルを見守つてゐました。

それから暫くしてかう答へました。

「あすこにある玉子焼は何と言つても、
恋愛などよりも衛生的だからね。」

(芥川龍之介「河童」より)

画像は
佐久市 千曲川河畔からの浅間山です。

ところで詩人トックとの対話で、
「僕」は
社会主義者だと明言しています。

そしてトック自身は、
無政府主義を肯定していません。

ここ、重要です。

さらに
「百人の凡人の為に甘んじて
一人の天才を犠牲にする」
という件(くだり)。

ここで
「犠牲になる天才」は、
芥川自身のことを
暗示していると
筆者は思います。

そしてトックの
芸術至上主義も、
芥川の信条を反映したものと
考えられます。

そんなトックが、
その後
自殺をしてしまうのです。

撮影日20250529
投稿日20260825

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