MENU

お知らせ

News

芥川龍之介「歯車」⑨被害妄想狂

2026.08.21

【芥川龍之介「歯車」⑨被害妄想狂】

 六 飛行機

 僕は東海道線の或停車場から
その奥の或避暑地へ
自動車を飛ばした。

運転手はなぜかこの寒さに
古いレエン・コオトを
ひつかけてゐた。

僕はこの暗合を無気味に思ひ、
努めて彼を見ないやうに
窓の外へ目をやることにした。

すると低い松の生えた向うに、
――恐らくは古い街道に
葬式が一列通るのを見つけた。

白張りの提灯(ちやうちん)や
竜燈(りゆうとう)は
その中に加はつては
ゐないらしかつた。

が、金銀の造花の蓮は
静かに輿(こし)の前後に
揺(ゆら)いで行つた。……

 やつと僕の家へ帰つた後、
僕は妻子や催眠薬の力により、
二三日は可也(かなり)
平和に暮らした。

僕の二階は松林の上に
かすかに海を覗(のぞ)かせてゐた。

僕はこの二階の机に向かひ、
鳩の声を聞きながら、
午前だけ仕事をすることにした。

鳥は鳩や鴉(からす)の外に
雀も縁側へ舞ひこんだりした。

それも亦
僕には愉快だつた。
「喜雀堂(きじやくだう)に入る。」
――僕はペンを持つたまま、
その度にこんな言葉を思ひ出した。

 或生暖かい曇天の午後、
僕は或雑貨店へ
インクを買ひに出かけて行つた。

するとその店に並んでゐるのは
セピア色のインクばかりだつた。

セピア色のインクは
どのインクよりも僕を
不快にするのを常としてゐた。

僕はやむを得ずこの店を出、
人通りの少ない往来を
ぶらぶらひとり歩いて行つた。

そこへ向うから近眼らしい
四十前後の外国人が一人
肩を聳(そびや)かせて通りかかつた。

彼はここに住んでゐる被害妄想狂の
瑞典(スウエデン)人だつた。

しかも彼の名は
ストリントベルグだつた。

僕は彼とすれ違ふ時、
肉体的に何かこたへるのを感じた。

 この往来は僅わづかに二三町だつた。

が、その二三町を通るうちに
丁度半面だけ黒い犬は
四度も僕の側を通つて行つた。

僕は横町を曲りながら、
ブラツク・アンド・ホワイトの
ウイスキイを思ひ出した。

のみならず今の
ストリントベルグのタイも
黒と白だつたのを思ひ出した。

それは僕にはどうしても
偶然であるとは考へられなかつた。

若もし偶然でないとすれば、
――僕は頭だけ
歩いてゐるやうに感じ、
ちよつと往来に立ち止まつた。

道ばたには針金の柵の中に
かすかに虹の色を帯びた
硝子(ガラス)の鉢が
一つ捨ててあつた。

この鉢は又底のまはりに
翼らしい模様を浮き上らせてゐた。

そこへ松の梢から
雀が何羽も舞ひ下つて来た。

が、この鉢のあたりへ来ると、
どの雀も皆言ひ合はせたやうに
一度に空中へ逃げのぼつて行つた。……

(芥川龍之介「歯車 六 飛行機」より)

画像は
芥川龍之介が、
堀辰雄を伴ってしばしば訪れた
追分宿です。

ところで堀辰雄は
1934年に発表した
「高原にて」で、
楽しかった
1924年と1925年(大正14年)の
芥川龍之介との思い出を書いた後
わざわざ軽井沢在住の
シュテルンベルヒさんという
スウェーデン人を引き合いに出して
芥川の遺作である
「歯車」に話を振っています。

そのシュテルンベルヒさんが
モデルになっているのではと
堀辰雄が推測しているのが、
今回引用した
「歯車」最終章に登場する
被害妄想狂の
ストリントベルグさんです。

堀辰雄は読者を
「歯車」に誘うために、
この話題を取り上げたとしか
思えません。

そして
本当の被害妄想狂の人物を
取り上げることで、
「自己を客体化した小説を
死ぬ直前まで書いていた芥川は、
決して被害妄想のために
自死したのではない」
ということを
言いたかったのではないかと
筆者は推測します。

堀辰雄は1925年の時点では
あんなに元気だった芥川が
そのわずか2年後には
自死にまで
追い詰められてしまった真相を、
「高原にて」で
示唆したかったのではないかと
筆者は思います。

撮影日20260628
投稿日20260821

Pickup Site

ピックアップ