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芥川龍之介「歯車」⑤ドッペルゲンガー

2026.08.17

【芥川龍之介「歯車」⑤ドッペルゲンガー】

電話は何度返事をしても、
唯何か曖昧あいまいな言葉を
繰り返して伝へるばかりだつた。

が、それは兎も角も
モオルと聞えたのに違ひなかつた。

僕はとうとう電話を離れ、
もう一度部屋の中を歩き出した。

しかしモオルと云ふ言葉だけは
妙に気になつてならなかつた。

「モオル――Mole……」
 モオルはもぐらもちと云ふ
英語だつた。

この聯想(れんそう)も
僕には愉快ではなかつた。

が、僕は二三秒の後、
Mole を la mort に綴り直した。

ラ・モオルは、
――死と云ふ仏蘭西(フランス)語は
忽ち僕を不安にした。

死は姉の夫に迫つてゐたやうに
僕にも迫つてゐるらしかつた。

けれども僕は不安の中にも
何か可笑をかしさを感じてゐた。

のみならずいつか微笑してゐた。

この可笑しさは何の為に起るか?
――それは僕自身にもわからなかつた。

僕は久しぶりに鏡の前に立ち、
まともに僕の影と向ひ合つた。

僕の影も勿論微笑してゐた。

僕はこの影を見つめてゐるうちに
第二の僕のことを思ひ出した。

第二の僕、――独逸ドイツ人の
所謂(いはゆる )Doppelgaenger は
仕合せにも僕自身に
見えたことはなかつた。

しかし亜米利加(アメリカ)の
映画俳優になつた
K君の夫人は第二の僕を
帝劇の廊下に見かけてゐた。

(僕は突然K君の夫人に
「先達せんだつては
つい御挨拶もしませんで」
と言はれ、
当惑したことを覚えてゐる。)

それからもう故人になつた
或隻脚(せっきゃく)の飜訳家も
やはり銀座の或煙草屋に
第二の僕を見かけてゐた。

死は或は僕よりも
第二の僕に来るのかも知れなかつた。

若もし又僕に来たとしても、
――僕は鏡に後ろを向け、
窓の前の机へ帰つて行つた。

 四角に凝灰岩を組んだ窓は
枯芝や池を覗のぞかせてゐた。

僕はこの庭を眺めながら、
遠い松林の中に焼いた
何冊かのノオト・ブツクや
未完成の戯曲を思ひ出した。

それからペンをとり上げると、
もう一度新らしい小説を書きはじめた。

(芥川龍之介「歯車 四 まだ?」より)

画像は
夕暮れの高原です。

ところで引用文の中に
「死は姉の夫に迫つてゐたやうに
僕にも迫つてゐるらしかつた」
という一節があります。

これを読むと
芥川の自殺は
「自ら思い立った」というより、
やはり義兄同様
「追い詰められたことによふるもの」
という印象がぬぐえません。

またこの第四章で芥川は、
ドッペルゲンガー現象
について書いています。

似た例は、
1901年生まれの
フランス人修道女で、
女子修道院長の
イヴォンヌ=エメが有名です。

エメ本人の体は
修道院にありながら、
▼危篤の人のもとに現れる
▼戦争中に兵士を助ける
▼聖体(パン)が冒瀆されるのを防ぐ
などの行為を行ったと
されています。

ただ「分身」が行動しているとき、
修道院内の本人は
非活動的な状態にあったと
されています。

また
作家の故西丸震哉さんも、
尾瀬の山中で
「25年前」の自分に
遭遇しています。

わたしは本人から
直接聞きましたが
「歩いてきたのは
ホクロの手術をする前の自分で、
その若い自分は
テントを張っている
今の自分のことが
見えていないようだった」
と言っておられました。

これは
分身というより、
過去との同時存在でしょうか??

いずれにせよ芥川に
ドッペルゲンガー現象が
起こっていたのだとしたら、
彼にも何らかの
霊的な力があったのかもしれません。

そしてそうであるからこそ
自らに向けられた敵意を察知し、
精神的に追い詰められて
いったのかもしれないと
筆者は思うのです。

撮影日20260729
投稿日20260817

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