MENU

お知らせ

News

芥川龍之介「歯車」①閃輝暗点

2026.08.13

【芥川龍之介「歯車」①閃輝暗点】

レエン・コオトを着た男は
僕のT君と別れる時には
いつかそこにゐなくなつてゐた。

僕は省線電車の或停車場から
やはり鞄をぶら下げたまま、
或ホテルへ歩いて行つた。

往来の両側に立つてゐるのは
大抵大きいビルデイングだつた。

僕はそこを歩いてゐるうちに
ふと松林を思ひ出した。

のみならず僕の視野のうちに
妙なものを見つけ出した。

妙なものを?――と云ふのは
絶えずまはつてゐる
半透明の歯車だつた。

僕はかう云ふ経験を前にも何度か
持ち合せてゐた。

歯車は次第に数を殖ふやし、
半ば僕の視野を塞ふさいでしまふ、
が、それも長いことではない、
暫らくの後には
消え失うせる代りに
今度は頭痛を感じはじめる、
――それはいつも同じことだつた。

眼科の医者はこの錯覚(?)の為に
度々僕に節煙を命じた。

しかしかう云ふ歯車は
僕の煙草に親まない
二十(はたち)前にも
見えないことはなかつた。

僕は又はじまつたなと思ひ、
左の目の視力をためす為に
片手に右の目を塞いで見た。

左の目は果して何ともなかつた。

しかし右の目の瞼(まぶた)の裏には
歯車が幾つもまはつてゐた。

僕は右側のビルデイングの
次第に消えてしまふのを見ながら、
せつせと往来を歩いて行つた。

(芥川龍之介「歯車 一 レエン・コオト」より)

画像は、
中山道芦田宿付近からの夕日です。

ところで芥川龍之介の遺稿である
「歯車」の第一章は、
「レエン・コオトを着た幽霊」
の話題から始まらます。

このため主人公は、
レエン・コオトを着た人物を
見る度に不吉さを感じます。

さらに第一章の最後では、
義兄(姉の夫)が、
レエン・コオトを着た姿で
轢死(れきし)したという
連絡が入ります。

最初から最後まで
不気味な第一章なのですが、
その中程にあるのが
引用文。

これを読むと主人公は、
「閃輝暗点(せんきあんてん)」
に苦しめられていたようです。

この幻視は
小説のタイトルにも
なっていますが、
「歯車」は自伝的作品と
されているので
芥川本人も閃輝暗点に
悩まされていたのかもしれません。

撮影日20260722
投稿日20260813

Pickup Site

ピックアップ