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堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」⑦母娘

2026.09.24

【堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」⑦母娘】

或夕方、
私がいつものように散歩をして
帰って来てみると、
いつ東京から来たのか、
お前がいつも私の腰かけることに
している椅子に靠(もた)れたまま、
いましがたぱちぱち音を立てながら
燃え出したばかりらしい暖炉の火を
じっと見守っていたのは……

 その夜遅くまでのお前との
息苦しい対話は、
その翌朝突然私の肉体に現われた
著しい変化と共に、
私の老いかけた心にとっては
最も大きな傷手を与えたのだった。

その記憶も漸(ようや)く遠のいて
私の心の裡(うち)で
それが全体としてはっきりと
見え易いようになり出した、
それから約一年後の今夜、
その同じ山の家の同じ暖炉の前で、
私はこうして一度は焼いてしまおうと
決心しかけた此の手帳を
再び自分の前にひらいて、
こんどこそは私のしたことのすべてを
贖(つぐな)うつもりで、
自分の最後の日の近づいてくるのを
ひたすら待ちながら、
こうして自分の無気力な気持に
鞭(むち)うちつつ
その日頃の出来事を
つとめて有りの儘(まま)に
書きはじめているのだ。

 お前は暖炉の傍らに腰かけたまま、
そこに近づいていった私の方へは
何か怒ったような
大きい目ざしを向けたきり、
何んとも云い出さなかった。

私も私で、
まるできのうも私達が
そうしていたように、
押し黙ったまま、
お前の隣りへ他の椅子をもっていって
徐(しず)かに腰を下ろした。

私はなぜかお前の目つきから
すぐお前の苦しんでいるのを感じ、
どんなにかお前の心の
求めているような言葉を
かけてやりたかったろう。

が、同時に、
お前の目つきには私の口の先まで
出かかっている言葉を
そこにそのまま凍らせてしまうような
きびしさがあった。

どうしてそんな風に
突然こちらへ来たのかを
率直にお前に問うことさえ
私には出来悪(できにく)かった。

お前もそれがひとりでに
分かるまでは何んとも
云おうとしないように見えた。

漸(や)っとの事で
私達が二言三言話し合ったのは
雑司ヶ谷の人達の上ぐらいで、
あとはそれが毎日の
習慣でもあるかのように
二人並んで黙って
焚火(たきび)を見つめていた。

 日は昏(く)れていった。

しかし、
私達はどちらもあかりを
点(つ)けに立とうとはしないで、
そのまま暖炉に向っていた。

外が暗くなり出すにつれて、
お前の押し黙った顔を照らしている
火かげがだんだん強く
光り出していた。

ときおり焔(ほのお)の工合で
その光の揺らぐのが、
お前が無表情な顔を
していればいるほど、
お前の心の動揺を一層示すような
気がされてならなかった。

 だが、
山家らしい質素な食事に
二人で相変らず口数寡(すくな)く
向った後、
私達が再び暖炉の前に
帰っていってから
大ぶ立ってからだった。

ときどき目をつぶったりして、
いかにも疲れて
睡たげにしていたお前が、
突然、なんだか上ずったような声で、
しかし爺やたちに
聞かれたくないように
調子を低くしながら話し出した。

それは私もうすうす
察していたように、
矢っ張お前の縁談についてだった。

(堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」より)

ー

画像は
夕暮れの追分宿です。

ところで引用したのは、
追分の別荘における
三村夫人と娘菜穂子の様子です。

台詞が無くても、
この2人の緊張した関係が
手に取るように分かります。

こういう心理描写が、
堀辰雄はうまいなと思わされます。

そして追分の秋の夜の雰囲気が、
行間からひたひたと
伝わってきます。

撮影日20260531
投稿日20260924

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