【堀辰雄「高原にて」③スカンジナビア地方】
數日前、
千ヶ瀧にゐる友人が
私のところに來ての話に、
淺間山麓一帶がその氣候とか
植物の分布状態から見ると
スカンヂナヴィア地方に
酷似してゐるといふ話が出て、
それから話がスカンヂナヴィアの
文學のことに移つて行つたが、
私はそのときふと、
芥川さんもその北方の文學を
かなり愛讀せられてゐたらしいこと
――いままで私があんまり
氣にもとめてゐなかつたそんな一面に、
はじめて氣がついた。
・・・中略・・・
「齒車」の最後の章に
ストリンドベルクと同名異人の
瑞典(スウェーデン)人のことが
ちよつと出てくる。
それとどうも同人らしい
六十がらみの老外人が一人、
此頃よく輕井澤の町を
いかにも陰惨な身なりで、
ひどい猫背をしながら
ぶらついてゐる。
何処かのドイツ語の教師ださうだが、
シュテルンベルヒ(Sternberg)
といふ名前である。
もしかしたらそれを芥川さんは
ストリンドベルクと
聞きまちがはれたのではあるまいか。
その老外人も被害妄想狂かどうかは
分からないが、
口笛がひどく嫌ひだと見えて、
子供なんぞが口笛を吹いてゐると
いきなり近づいていつて
それを無理に止めさせたり
してゐるところを、
私はこの夏も二三度
見かけたことがある。
(堀辰雄「高原にて」より)
ー
画像は、
霧氷に覆われた
朝の落葉松林です。
スカンジナビア半島ある
北欧地域と、
浅間山麓の植生が似ている
というのは
初めて知りました。
北アルプス山麓も
高標高地域ですが
▼湿度が低い
▼火山活動により
植生遷移が進んでいない
という点が
浅間山麓の特徴であり、
それが北欧と似た要素を
生み出しているのかもしれません。
しかしここで
芥川龍之介の遺稿
「歯車」が出てきたことに、
ドキリとさせられました。
「歯車」は
芥川を自殺に追い込んだ
「閃輝暗点(せんきあんてん)」
のような幻視や
死の予兆とも考えられてきた
「ドッペルゲンガー」など
様々な現象について
書かれた小説です。
しかし堀辰雄の「高原にて」を読むと、
1925年夏の芥川は
すこぶる元気だったのです。
そんな軽井沢生活を
楽しんでいた芥川が、
その2年後には
自死に至ったということ。
堀辰雄が「高原にて」で
言いたかったのは、
その不自然さだと
筆者は推測します。
つまり1925年の夏以降に、
芥川を死に追い込む
決定的な出来事が
あったのではないかということです。
ちなみに7月6日の
投稿にも書きましたが、
「歯車」には
堀辰雄と思われる学生や、
片山廣子も登場します。
しかし登場した本人(堀辰雄)は
それについて触れず、
最終章のスウェーデン人を
取り上げています。
まるで
「歯車を読んでください」と
言わんばかりです。
堀辰雄の随筆は
思いついた順に
書いているように見えますが、
実は緻密に計算されていると
筆者は思っています。
そこで次回は、
再度「歯車」を
取り上げることにします。












