【堀辰雄「高原にて」②犬のオークション】
或る明るい真昼、
私達が自動車でこのへんまで
來かかると、
硝子にしきりに何か青いものが
ぶつかつてくるので、
何だらうと思つてよく見ると、
それが無数の、
瑠璃色の翅をした小さな
蝶だつたりしたこともあつた、
――そんなことを私は
昨日自動車の中で
一人でひよつくり思ひ出してゐた。
又、夏の末になつてから、
外人に売りつけに立派な洋犬を
何匹もつれてきてゐた犬屋が、
輕井澤ホテルで売残りの犬の
オークションをやつたことがあつた。
有名な犬嫌ひの芥川さんも
私を連れてそれを見に行かれた。
そのとき私は芥川さんの手帖に
その犬の名前だの値段だのを
そばから書かせられた。
数年前、
全集「別册」編纂のため、
それらの手帖を整理してゐるうちに
その箇処に出合ひ、
その私自身の書いたものまでも
写して置くべきかどうかに
かなり迷つたことがある。
そんな箇処の近くには、
又、芥川さんが当時
思ひつかれるそばから
私に話して下さつた
コントのやうなもの、
――たとへば八百屋の小僧が
西洋人の落して行つた
パイプを拾つて煙草の代りに
玉蜀黍(とうもろこし)の毛を
それにつめて吸つてゐる
と云つたやうな話の
心覚えのやうなものまでが
見つけられたのだった。
(堀辰雄「高原にて」より)
ー
画像は、
旧軽井沢から
中山道碓氷峠に上がる場所にある
「二手橋(にてばし)」です。
ところで堀辰雄の「高原にて」には、
大正末期の軽井沢が
描写されています。
避暑の外国人を対象とした、
犬のオークションまで
あったのですね。
作家というのは
見るもの聞くもの全てが
作品の素材となるので、
堀辰雄は犬の値段を
全て書かせられたとは。
この作品を読むと、
「人気作家と作家の卵の
平和な夏の思い出」
という印象です。
しかしこの作品は、
翌月1934年(昭和9年)11月に
発表された
「物語の女」に向けての
伏線だったのではないかと
筆者はうがった見方を
してしまうのです。
「芥川は陽気な人物で、
本来自死するような
タイプではない」
ということを
強調するだったのでは
ないでしょうか。











