【堀辰雄「萩の花」芥川龍之介の恋心】
いつの夏の末だつたか、
鶴屋旅館の離れで、
芥川さんと室生さんが、
同宿の或る夫人のために、
女持ちの小さな扇子に
発句を寄せ書きなさつた
ことがあつた。
そのそばで少年の私は
默つて見てゐたのである。
芥川さんはなんでもその扇面に、
小さな細い字で
「明星のちろりに響けほととぎす」
といふ句をお書きになつた。
それをその扇子に
書いてしまはれると、
こんどはお二人で在りあはせの紙に、
即興句を口ずさまれながら、
しきりに何やら
お書きになつてゐられた。
その多くは書くそばから
すぐ丸められたが、
そのうち芥川さんは一枚だけ、
やや気に入られたか、
破かれずに脇に置いておかれた。
それには一匹の
蜻蛉(とんぼ)の絵が
軽くあしらはれて、
野茨にからまる萩のさかり哉
と書かれてあつた。
それを私がとり上げながら、
「これ、僕、頂戴して置いても
よろしう御座いますか」
といつても、
芥川さんは默つたまま、
他の紙に熱心に向はれてゐた。
(堀辰雄「萩の花」より)
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画像は旧軽井沢、
すなわち中山道軽井沢宿の
つるや旅館です。
ところで引用文は、
1934年(昭和9年)9月に
発表された随筆です。
この年の9月に、
堀辰雄は矢野綾子さんと
婚約しています。
喜びに包まれていた
時期だからこそ、
師と仰いだ
芥川龍之介の思い出を
書けたのかもしれません。
悲しみの真っ只中にあるときは、
こういう生前の
楽しかったときのエピソードは
中々書けないものだからです。
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ところで
「明星のちろりに響けほととぎす」
とは何でしょう?
▼明星は恐らく宵の明星。
▼ちろりは
「銚釐」と書き、
銅や真鍮(しんちゅう)でできた
酒を温める容器です。
筒形で下がやや細い筒形で、
注ぎ口と取っ手が
付いています。
▼また徳利の酒を
注ぎ終わる時の音を
「ちんちろり」と表現するそうです。
▼そして座敷唄である江戸端唄には
「かんちろりん」というものがあり、
以下のように唄います。
「お手が鳴る お手が鳴る
あの奥座敷サ お客とサ
かんちろりん
芸者衆とサ 仲井さんとサ
差しつ押さえつ するのが
ちょうし ちょうし」
芥川龍之介はこうした端唄を
念頭において、
句を作ったのではないでしょうか。
そうだとすると
「同宿の或る夫人」に対する
恋の句だったのかも
しれません。
1924年(大正13年)の夏
芥川龍之介は
旧軽井沢の
つるや旅館で一ヶ月過ごし、
室生犀星や片山広子と共に
つるや旅館の
佐藤不二男さんの案内で
碓氷峠で月見をしたりしています。
「同宿の或る夫人」とは、
恐らく片山廣子のことでしょう。
つるや旅館で、
気の合う仲間との楽しい宴。
外は夕暮れで、
森からホトトギスの声が聞こえる。
そんな中、
大好きな片山廣子に
恋の句を送る。
しかし片山廣子は、
中々なびかない。
そこでもう一句。
「野茨にからまる萩のさかり哉」
つれない片山廣子を「野茨」と、
そしてそれに絡んでいる
自分自身を「さかりの萩」と
表現したように思えます。
(あくまでも筆者の推測です)
堀辰雄は
こうした「大人のやりとり」は、
余りあからさまには
書かない人でした。









