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堀辰雄「美しい村」㉒「夏」地図

2026.08.04

【堀辰雄「美しい村」㉒「夏」地図】

或る日のこと、
私は自分の「美しい村」のノオトとして
悪戯(いたずら)半分に色鉛筆でもって
丹念(たんねん)に描いた、
その村の手製の地図を、
彼女の前に拡(ひろ)げながら、
その地図の上に万年筆で、
まるで瑞西(スイス)あたりの
田舎いなかにでもありそうな、
小さな橋だの、ヴィラだの、
落葉松(からまつ)の林だのを
印つけながら、
彼女のために、
私の知っているだけの、
絵になりそうな場所を教えた。

その時、
私のそんな怪(あや)しげな
地図の上に熱心に
覗(のぞ)き込んでいる
彼女の横顔をしげしげと見ながら、
私は一つの黒子(ほくろ)が
その耳のつけ根のあたりに
浮んでいるのを認めた。

その時までちっともそれに
気がつかないでいた私には、
何んだかそれはいま知らぬ間に
私の万年筆からはねた
インクの汚点(しみ)かなんかで、
拭(ふ)いたらすぐ
とれてしまいそうに思えたほどだった。

 翌日、私は彼女が
私の貸した地図を手にして、
早速(さっそく)私の教えた
さまざまな村の道を
一とおり見歩いて
来たらしいことを知った。

それほど私の助言を
素直に受入れてくれたことは、
私に何んとも言いようのない
喜びを与えた。

(堀辰雄「美しい村」より)

画像は、
旧スイス公使館(深山荘)です。

ところで堀辰雄の「美しい村」は、
2人の距離が一気に
縮まった様子を
書いています。

この小説のとおり
1923年から軽井沢に
10余年通い続けている堀辰雄は、
軽井沢ビギナーの矢野綾子さんに
地図を渡したのでしょうか。

軽井沢は今も昔も、
「絵になる美しい場所」が
たくさんあったということです。

撮影日20260425
投稿日2060804

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