【堀辰雄「美しい村」㉑ 「夏」顔色】
そのうちに私たちが
やっと短い会話を
取り交かわすようになり、
それと共に、屡(しばしば)、
私は彼女の顔を
まともから眺めるように
なったのにも拘(かかわ)らず、
彼女の顔がなおも
絶えず変化しているのに
愕(おどろ)いた。
或る時は、
その顔はあんまり血色がよく、
すべすべしているので、
私のためらいがちな視線は
いくどもその上で
空滑(からすべ)りを
しそうになった。
また他の時はすこし
疲れを帯びたように沈んで、
不透明で、
その皮膚の底の方には
なんだか菫色(すみれいろ)
のようなものが
漂っているように見えた。
そうかと思うと、
その皮膚がすっかり透明になり、
ぽうっと内側から
薔薇色(ばらいろ)を
帯びているようなこともあった。
ときどき以前に見たのと
何処(どこ)か似たような
顔をしていることもあった。
が、その顔は決して
二度と同じものであることはなかった。
(堀辰雄「美しい村」より)
ー
画像は、
浅間山麓のフデリンドウです。
ところで堀辰雄「美しい村」
第3部「夏」のこの描写は、
非常に暗示的です。
ここには
顔の紅潮や貧血、
肌の透明感などが
文学的に書かれていますが、
いずれも結核による
顔色の変化であった
可能性があります。
堀辰雄は
1931年4月から3ヶ月にわたり
富士見町の富士見高原療養所
すなわち結核患者のサナトリウムで
転地療養していますから、
患者らの顔色の変化を
つぶさに見てきているはずです。
軽井沢で過ごしながら
紫外線を浴びることを続けている
矢野綾子さんを見て、
結核患者を連想したとしても
不思議ではありません。











