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堀辰雄「美しい村」⑰「夏」綾子の父

2026.07.30

【堀辰雄「美しい村」⑰「夏」綾子の父】

……やがて別館から
彼女の父らしいものが姿を現した。

そしてその二人づれは
私の窓の前を
斜ななめに横切って行ったが、
見ると、
彼女はその父よりも
背が高いくらいであった。

そしてその父らしいものが
彼女にしきりに話しかけるのに、
彼女はいかにも気がなさそうに
返事をしながら、
いつまでも私の方へ
躑躅(つつじ)の茂みごしに
その特徴のある眼ざしを
そそぎつづけていた。

……その二人が中庭を
立ち去ってしまった跡(あと)も、
私はしばらく、
今しがたまでその少女が
向日葵(ひまわり)のように
立っていた窓ぎわの方へ、
すこし空虚(うつろ)になった
眼ざしをやっていたが、
ふと気づくと、
そこいらへんの感じが、
それまでとは何んだか
すっかり変ってしまっているのだ。

私の知らぬ間に、
そこいら一面には、
夏らしい匂においが
漂(ただよ)い出しているのだった。……

(堀辰雄「美しい村」より)

画像は、
三笠ホテルです。

ところで21歳の矢野綾子は
広島女学校(現広島女学院)、
女子美術専門学校(現女子美術大学)
を卒業したお嬢さんで、
矢野透の養女でした。

綾子の実母エキノが
結核で病没したため、
母の兄で実子のいなかった
矢野透の元に
綾子の兄と共に
養子として迎え入れられたのです。

矢野透は
陸軍の主計将校から
今治商業銀行の頭取を
勤めた資産家で、
養子にした甥と姪の兄妹を
大変可愛がったそうです。

撮影日20260505
投稿日20260730

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