【堀辰雄「美しい村」⑯「夏」出会い】
突然、
私の窓の面している中庭の、
とっくにもう花を失っている
躑躅(つつじ)の茂しげみの向うの、
別館べっかんの窓ぎわに、
一輪の向日葵ひまわりが
咲きでもしたかのように、
何んだか
思いがけないようなものが、
まぶしいほど、
日にきらきらと
かがやき出したように思えた。
私はやっと其処(その)に、
黄いろい
麦藁帽子(むぎわらぼうし)を
かぶった、背の高い、
痩やせぎすな、
一人の少女が
立っているのだということを
認めることが出来た。
……誰かを待っているらしい
その少女は、
さっきから中庭のあちらこちらに
注意深そうな視線を
さまよわせていたが、
最後にその視線を、
離れの窓から
彼女の方をぼんやり見つめていた
私の上に置いた。
そんな最初の出会いの時には、
大概の少女たちは、
自分が見つめられていると
思う者からわざとそっぽを向いて、
自分の方では
その者にまったく
無関心であることを
示したがるものだが、
そんな羞恥(しゅうち)と高慢さとの
入り混った視線とは異って、
私の上に置かれている
その少女の率直な、
好奇心でいっぱいなような視線は、
私にはまぶしくって
それから目をそらさずには
いられないほどに感じられたので、
私はそのときの彼女
――最初に私の目の前に
現れたときの彼女に就ついては、
そのやや真深かにかぶった
黄いろい帽子と、
その鍔(つば)のかげに
きらきらと光っていた特徴のある
眼(まな)ざしとよりほかには、
殆(ほと)んど何も
見覚えのない位であった。
(堀辰雄「美しい村」より)
ー
画像は
浅間山麓のレンゲツツジてす。
ところで
「美しい村」は、
いよいよ第3部の
「夏」に入ります。
「夏」は
1933年(昭和8年)10月、
「美しい村」のすぐ後に
発表された作品です。
それは1933年6〜9月に
旧軽井沢のつるや旅館に
滞在していた堀辰雄が
7月、
療養しながら
油絵を描いていた矢野綾子と
出会う場面から始まります。
このとき堀辰雄は28歳で、
矢野綾子は21歳。
突然の、
運命の出会いでした。










