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堀辰雄「美しい村」⑭「美しい村」デジャヴ

2026.07.27

【堀辰雄「美しい村」⑭「美しい村」デジャヴ】

そうして私はその野薔薇の前に、
ただ茫然として、
何を考えていたのか
後で思い出そうとしても
思い出せないようなことばかり
考えていた。

どれよりも最も多くの花を
簇(むら)がらせているように見える
その野薔薇と
そっくりそのままのものを
何処(どこか)で私は
一度見たことがあるように思えて、
それをしきりに
思い出そうとしていたかの
ようでもあった。

――それはすこし長い
放心状態の後では、
しばしば私にやってくるところの
一種独特の錯覚であった。

放心のあまりに
現在そのものの感じがなくなり、
私は現在そのものをしきりに
思い出そうとして
焦っているのかも知れなかった。

――それから私は
再び我に返って歩き出した。

私の沿うて行く生墻には、
それらの野薔薇が、
同じような高さの
他の灌木(かんぼく)の間に
雑(まじ)りながら、
いくらかずつの間を置いては
ならんでいるのだった。

あたかも彼等が
或る秘密な法則に従って
そう配置されてでもいるかのように。

そうしてその
微妙な間歇(かんけつ)が、
ほとんど足が
地につかないような歩調で
歩きつつある私の中に、
いつのまにか、
ほとんど音楽の与えるような
一種のリズミカルな効果を
生じさせていた。

……そうしてそれに似た
或る思い出をこんどは
さっきと異って、
鮮明せんめいに私のうちに
蘇よみがえらせるのであった。

(堀辰雄「美しい村」より)

画像は、
軽井沢レイクニュータウンのバラです。

ところで引用部分は、
堀辰雄がデジャヴ(既視感)についての
体験を書いたものです。

「放心状態」
「足が地につかないような歩調」
と書いているので、
心身が特別軽やかに
なっている時の
一種の神秘体験
のようなものかもしれません。

軽井沢の自然が、
堀をそんな状態に
導いているのでしょう。

数多くの文士たちが
軽井沢を愛した理由の一端が、
そこにあるかもしれません。

撮影日20260616
投稿時20260727

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