【堀辰雄「美しい村」⑫「美しい村」太陽】
或る朝、
「また雨らしいな……」
と溜息(ためいき)をつきながら
私が雨戸を繰ろうとした途端に、
その節穴から明るい外光が
洩(も)れて来ながら、
障子(しょうじ)の上に
くっきりした小さな楕円形の
額縁をつくり、
そのなかに数本の落葉松(からまつ)の
微細画(ミニュアチュア)を
逆さまに描いているのを認めると、
私は急に胸をはずませながら、
出来るだけ早くと思って、
そのため反(かえ)って
手間どりながら雨戸を開けた。
私が寝床のなかで
雨音かと思っていたのは、
それ等の落葉松の細かい葉に
溜(た)まっていた雨滴が
絶えず屋根の上に落ちる音だったのだ。
私はさて、
まぶしそうな眼つきで
青空を見上げた。
私は寝間着のまま
一度庭のなかへ出てみたが、
それから再び部屋に帰り、
そしてフラノの散歩服に
着換(きかえ)ながら、
早朝の戸外へと出て行った。
私は教会の前を曲って、
その裏手の橡(とち)の林を
突き抜けて行った。
私はときどき青空を見上げた。
いかにもまぶしそうに
顔をしかめながら。
(堀辰雄「美しい村」より)
ー
画像は、
軽井沢ユニオン・チャーチです。
ところで堀辰雄は
1930年の秋
「聖画像」を書き上げたあとに喀血し、
翌1931年は4月から3ヶ月にわたり
富士見町の富士見高原療養所で
転地療養をしています。
結核菌は紫外線に弱いため、
結核の療養では日光浴を行います。
堀が頻繁に散歩をしていたのは、
紫外線を浴びる目的も
あったのでしょう。
その道中で、
花や鳥、リスなどと
出会ったということです。











