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堀辰雄「美しい村」⑨「美しい村」物語

2026.07.22

【堀辰雄「美しい村」⑨「美しい村」物語】

私の書こうとしていた
小説の主題は、
漸(ようや)くその日その日を
楽しむことが出来るようになった
こんな田舎暮しの中では、
いよいよ無意味なものに
思われて来た。

それに、
そんなものを書くことは、
自分で自分を一層
どうしようもない破目に
陥し入れるようなものである
ことにも気がついたのだ。

・・・中略・・・

 そうして今の私が
それならば書いてもみたいと
思うものは、
たとえどんなに
平凡なものでもいいから、
これから私の
暮らそうとしているような
こんな季節はずれの田舎の、
人っ子ひとりいない、
しかし花だらけの額縁の中へ
すっぽりと嵌(は)まり込むような、
古い絵のような物語であった。

私は何とかして
そんな言わば牧歌的なものが
書きたかった。

私はこれまでも他人の書いた
そういう作品を
随分ずいぶん好きでもあり、
そういう出来事に
出遇ったということで
その人を羨(うらや)ましくも
思って来たが、
私自身でそう言うものを
書いてみようとも、
又、書けそうにも思えなかった。

が、それだけ一層、
今の私はそういう牧歌的なものを
書いてみたいと思い立ったのである。

――私はしかし、
それを書くためには、
いま自分の暮らしつつある
この村を背景にするよりほかはなく、
と言って一月(ひとつき)や
二月(ふたつき)ぐらいの
滞在中にそういう出来事が
果して私の身辺に
起り得うるものかどうか
疑わしかった。

莫迦莫迦(ばかばか)しいことだが、
私は何度も林の中の空地で
無駄に待ち伏ぶせたものだった。

男の子のように
美しい田舎の娘が
その林の中からひょっこり
私の前に飛び出して
来はしないかと。……

(堀辰雄「美しい村」より)

画像は、
湯川ふるさと公園から望む
浅間山です。

ところで
堀辰雄は軽井沢で
失恋の痛手を書く予定だったのが、
次第に牧歌的なものを
書きたいと思うようになりました。

軽井沢の自然が、
堀の気持ちを変えて行ったのだと
思います。

それにしても
少女とのロマンチックな
出会いを求めて、
空き地で時間を潰したとは…。

というか堀辰雄には、
漠然とした予感のようなものが
あったのかもしれません。

撮影日20260704
投稿日20260722

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