【堀辰雄「美しい村」⑧「美しい村」野薔薇】
私は再び霧のなかの道を、
神々しいような
薄光りに包まれながら、
いくら歩いても
ちっとも自分の体が進まないような
もどかしさを感じながら、
あてもなく歩き続けていた。
私の心はさっき霧の中から
私を訴えるような眼つきで見上げた
野薔薇のことで一杯になっていた。
私はそれらの白い小さな花を
私の詩のために
さんざん使って置きながら、
今日までその本物を
ろくすっぽ見もしなかったけれど、
今度こそ、
私もそれらの花に対して
私のありったけの誠実を
示すことの出来る機会の
来つつあることを心から喜んでいた。
そしてそのための
私の歓(よろこ)ばしさと言ったら、
昔の詩人等が
野薔薇のために歌った詩句を、
口ずさむなんと言うのではなく、
それを知っているだけ
残らず大きな声で
呶鳴(どな)り散らしたいような
衝動にまで、
私を駈(か)り立てるのであった。
(堀辰雄「美しい村」より)
ー
画像は6月のバラです。
ところで堀辰雄は
「美しい村」で、
バラの意識や
眼差しについて書いています。
バラの妖精を、
感じていたのでしょうか。
堀辰雄が
多くの読者から愛され、
また堀自身が
軽井沢を愛した理由が
この感性にあるかもしれません。










