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堀辰雄「美しい村」④「美しい村」村人

2026.07.17

【堀辰雄「美しい村」④「美しい村」村人】

私は毎日のように、
そのどんな隅々までも
よく知っている筈(はず)だった
村のさまざまな方へ
散歩をしに行った。

しかし何処へ行っても、
何物かが附加(つけくわえ)られ、
何物かが欠けているように
私には見えた。

その癖、どの道の上でも、
私の見たことのない
新しい別荘の蔭かげに、
一むれの灌木が、
私の忘れていた
少年時の一部分のように、
私を待ち伏ぶせていた。

そうしてそれらの
一むれの灌木そっくりに
こんがらかったまま、
それらの少年時の
愉(たの)しい思い出も、
悲しい思い出も
私に蘇って来るのだった。

私はそれらの思い出に、
或(あるい)は胸をしめつけられたり、
或は胸をふくらませたりしながら
歩いていた。

私は突然立ち止まる。

自分があんまり村の遠くまで
来すぎてしまっているのに
気がついて。

――そんなみちみち
私の出遇であうのは、
ごく稀(まれ)には散歩中の
西洋人たちもいたが、
大概、枯枝を背負せおってくる
老人だとか
蕨わらびとりの帰りらしい
籃(かご)を腕にぶらさげた
娘たちばかりだった。

それ等のものはしかし、
私にとってはその村の
風景のなかに完全に
雑(まじ)り込んで見えるので、
少しも私のそういう思い出を
邪魔じゃましなかった。

(堀辰雄「美しい村」より)

画像は
千ヶ滝 せせらぎの道です。

ところで
「美しい村」四部作の
第二部である
「美しい村」は、
1934年(昭和9年)10月に
発表されました。

1904年12月生まれの堀は、
その時点で29歳。

実は7月に堀は
矢野綾子さんと出会っていますので、
その喜びの只中で
書かれたものだということです。

その出会いは
悲しい思い出を
客体化しようとしている堀を、
大いに助けたことでしょう。

ちなみに堀の作品は
全く古さを感じさせない
みずみずしい文体が
特徴ですが、
描かれている風景は
「昭和初期」です。

この当時、
軽井沢ではまだ
「おじいさんは柴刈に」が
当たり前だったんだと
驚かされました。

撮影日20260601
投稿日20260717

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