【堀辰雄「窓」芥川龍之介と片山廣子】
或る秋の午後、
私は、
小さな沼がそれを町から
完全に隔離している、
O夫人の別荘を訪れたのであった。
その別荘に達するには、
沼のまわりを迂回している
一本の小径によるほかはないので、
その建物が沼に落している
その影とともに、
たえず私の目の先にありながら、
私はなかなかそれに
達することが出来なかった。
私が歩きながら
何時(いつ)のまにか
夢見心地になっていたのは、
しかしそのせいばかりではなく、
見棄てられたような
別荘それ自身の
風変りな外見にもよるらしかった。
というのは、
その灰色の小さな建物は、
どこからどこまで
一面に蔦(つた)がからんでいて、
その繁茂の状態から推すと、
この家の窓の鎧扉(よろいど)は
最近になって
一度も開かれたことが
ないように見えたからである。
私は、そういう家のなかに、
数年前からたった一人きりで、
不幸な眼疾を養っているといわれる、
美しい未亡人のことを、
いくぶん浪漫的(ロマンチック)に、
想像せずにはいられなかった。
そうして私は、
私の突然の訪問と、
私の携えてきた用件とが、
そういう夫人の静かな生活を
かき乱すだろうことを
恐れたのだった。
私の用件というのは、
――最近、
私の恩師であるA氏の
遺作展覧会が催されるので、
夫人の所有にかかわるところの
氏の晩年の作品の一つを
是非とも
出品して貰おうがためであった。
・・・中略・・・
そういうことを
考えているうちに、
私にふと、
A氏はかつてこの夫人を
深く愛していたことが
あるのではないか、
そして夫人もまたそれを
ひそかに受け容(い)れて
いたのではないか、
という疑いが
だんだん萌(きざ)して来た。
(堀辰雄「窓」より)
ー
2026年7月12日、
画像は雲場池です。
ところで1930年(昭和5年)10月、
「聖家族」の前月に
発表されたこの作品は
「聖家族」同様
芥川龍之介と
片山廣子を
モデルにしていると
考えられています。
もちろん
フィクションなので
A氏は画家だったということに
なっていますし、
O夫人の別荘も
旧軽井沢ではなく
雲場池の湖畔に
あるかのように
書かれています。
そしてこの作品では
O夫人が所属していた
A氏の絵画に
超自然的な光が宿り、
そこにA氏の青白い顏が
浮かび出していたという話に
なっています。
いずれにせよ堀辰雄は
この作品を書くことで、
芥川龍之介の死を
客体化しようとした
のかもしれません。
逆に言えば
堀はその作業をするのに、
1927年7月以降
約3年の歳月を要した
ということになります。











