【芥川龍之介「或阿呆の一生」①堀辰雄と片山廣子】
三十六 倦怠
彼は或大学生と
芒原(すすきはら)の中を歩いてゐた。
「君たちはまだ生活欲を
盛に持つてゐるだらうね?」
「ええ、――だつてあなたでも……」
「ところが僕は持つてゐないんだよ。
制作欲だけは持つてゐるけれども。」
それは彼の真情だつた。
彼は実際いつの間にか
生活に興味を失つてゐた。
「制作欲もやつぱり生活欲でせう。」
彼は何とも答へなかつた。
芒原はいつか赤い穂の上に
はつきりと噴火山を
露(あらは)し出した。
彼はこの噴火山に何か
羨望(せんばう)に
近いものを感じた。
しかしそれは彼自身にも
なぜと云ふことは
わからなかつた。……
三十七 越し人
彼は彼と才力の上にも
格闘出来る女に遭遇した。
が、「越し人」等の抒情詩を作り、
僅(わづ)かにこの危機を脱出した。
それは何か木の幹に凍つた、
かがやかしい雪を落すやうに
切ない心もちのするものだつた。
風に舞ひたるすげ笠の
何かは道に落ちざらん
わが名はいかで惜しむべき
惜しむは君が名のみとよ。
(芥川龍之介「或阿呆の一生」より)
ー
7月7日午前8時、
気温15.1℃、曇り。
画像は、
追分から望む浅間山です。
ところで芥川龍之介は
1924年(大正13年)に
初来軽し、
東京帝国大学国文学部国文科の
学生だった堀辰雄や
歌人でアイルランド文学翻訳家の
片山廣子と出会います。
芥川の遺稿である
「或阿呆の一生」の中では
芥川が堀辰雄と思われる人物に
「制作慾もやつぱり生活慾でせう。」
とストレートに言われ、
ぐうの音も出なかった場面が
雄大な浅間山の情景と共に
描かれています。
芥川はそうした堀の、
他意の無い率直さを
愛したのではないでしょうか。
他の人々には
決して話さなかったことも、
堀には打ち明けたのではないか
と思います。
そして
「彼と才力の上にも格闘出来る女」
と評した、
片山廣子との邂逅(かいこう)。
載せてある相聞歌は
「思慕と憧れに心が舞い上がっても、
不義の恋が知られれば
我らの名は地に落ちる。
自分の評判が落ちるのは構わないが、
あなたの名を
貶めることはできない」
というような意味だと思います。
そしてさらに
うがった見方をするなら、
芥川は
12歳年下の堀辰雄が
26歳も年上の片山廣子を
親のように慕っていたので、
堀辰雄の師である自分は
片山廣子とは絶対に
一線を越えないと
決めていたのではないでしょうか。
「歯車」にせよ
「或阿呆の一生」にせよ
堀辰雄と片山廣子がセットで、
しかも堀辰雄が
先に登場するのには、
そんな秘めたる理由が
あるのかもしれないと
筆者は想像しています。









