【堀辰雄「恢復期」②サナトリウム】
療養所はS湖から
数里離れたところの
Y岳の麓にあった。
そうしてその麓の
なだらかな勾配に沿うて、
その赤い屋根をもった
大きな建物は
互に並行した
三つの病棟に分れていた。
それにはそれぞれに
「白樺しらかば」とか
「竜胆りんどう」とか
「石楠花しゃくなげ」などと云う
名前がついていた。
彼の入った「白樺」の病棟は
Y岳の麓にもっとも近く、
そこには他の患者も
あまり居ないらしく、
そしてその裏側は
すぐ一面の雑木林になっていた。
彼の病室からは
ベッドに寝たままで、
開け放した窓を
丁度よい額縁にして、
南アルプスの
まだ雪に掩(おお)われている
ロマンチックな山頂が
眺められた。
彼の病室には
南向きの露台が一つついていた。
其処そこからならば
S湖も見えるかも
知れないと思って、
そこまで出て行った彼は
それらしい方向には
一帯の松林をしか
見出さなかった。
が、その代りに彼は其処から、
下の方の病棟の
あちらこちらの露台に
裸かの患者たちが
日光浴をしている有様を
一目に見ることが出来た。
みんな樹皮のような色の
肌をしながら、
海岸でのように
愉(たの)しそうに
腹這(はらばい)になっていた。
彼の想像はそういう人達と
同じように日光浴をしている
裸かの彼自身の姿を描いた。
そして
「わが骨はことごとく
数うるばかりになりぬ」
そんな文句を
彼はふとつぶやいた。
それはかの老人が
彼のために読んでくれた
聖書の中の一句だった。
いちばん何でもないような
文句を覚えていたものと見える。
「わが骨はことごとくか……」
それはいつの間にか
話し相手のない彼の
口癖になってしまった。
(堀辰雄「恢復期(かいふくき)」より)
ー
6月27日午前8時、
気温17.1℃、曇り。
濃霧のため、
旧中山道碓氷峠への赤バスは運休です。
画像は、
八ヶ岳西麓の富士見町
井戸尻(いどじり)史跡公園から望む
南アルプス甲斐駒ヶ岳
(2967m)です。
「恢復期」の主人公である
「彼」は、
どこまで行っても
老人の祈りを
軽んじる人物として
描かれています。
しかし堀辰雄は
この主人公に、
「聖母の青衣」の色をした
諏訪湖を探させています。
そして
「わが骨はことごとく
数うるばかりになりぬ」
という言葉を、
思い出させています。
この言葉の意味を、
次に解き明かします。











