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片山広子総子の母娘と堀辰雄「ルウベンスの偽画」

2026.06.23

【片山広子総子の母娘と堀辰雄「ルウベンスの偽画」】

それは漆黒の自動車であった。

 その自動車が
軽井沢ステエションの
表口まで来て停まると、
中から一人のドイツ人らしい
娘を降した。

 彼はそれが
あんまり美しい車だったので
タクシイではあるまいと思ったが、
娘がおりるとき何か運転手に
ちらと渡すのを見たので、
彼は黄いろい帽子をかぶった
娘とすれちがいながら、
自動車の方へ歩いて行った。

「町へ行ってくれたまえ」

 彼はその自動車の中へはいった。

はいって見ると
内部は真白だった。

そしてかすかだが
薔薇ばらのにおいが漂っていた。

(堀辰雄「ルウベンスの戯画」より)

6月22日午前8時、
気温14.8℃、曇り。

画像は
軽井沢駅旧駅舎、
現在はしなの鉄道軽井沢駅舎です。

引用文は、
堀辰雄の処女作であり
片山広子親子をモデルとした
「ルウベンスの偽画(ぎが)」
の冒頭です。

歌人でアイルランド文学者
かつ随筆家の片山広子は
芥川龍之介より14歳年上、
堀辰雄より26歳年上です。

彼女は芥川の心の恋人とされ、
堀辰雄憧れの人でもありました。

片山広子は
旧軽井沢銀座通りの
北側にあった別荘に
芥川龍之介や堀辰雄を招き、
堀辰雄は2階に泊まることも
あったそうです。

一方
片山広子の娘の総子(そうこ)は
堀辰雄より3歳年下で、
堀は総子に恋心を
抱いていたとも言われます。

総子は
▼「ルウベンスの偽画」の
「彼女」や「お嬢さん」だけでなく、
▼「聖家族」の絹子
▼「菜穂子」の菜穂子
のモデルにもなったと
される人物です。

堀は、
作品の中で
以下のように書いています。

彼女の顔は
クラシックの美しさを持っていた。

その薔薇の皮膚は
すこし重たそうであった。

そうして笑う時は
そこに笑いが漂うようであった。

彼はいつも
こっそりと彼女を
「ルウベンスの偽画」
と呼んでいた。

(堀辰雄「ルウベンスの偽画」より)

「ルウベンスの偽画」は、
若い男女の
恋愛心理を描いた作品です。

しかし物語の半ば、
「浅間山の麓のグリイン・ホテル」
のバルコニーから屋根に出て
その上を歩く場面で、
堀は以下のような文を
書き込んでいます。

そして二人が
屋根の端まで歩いて行った時、
彼はすこし不安になりだした。

それは屋根のわずかな傾斜から
身体の不安定が
微妙に感じられるせい
ばかりではなかった。

 その屋根の端で彼はふと
彼女の手と
その指環を見たのである。

(堀辰雄「ルウベンスの戯画」より)

これが何の指輪であるのか、
堀は説明していません。

ただ1923年から
軽井沢に通い始めた堀は、
1925年の夏の体験を元に
この物語を書いたと述べています。

1925年の夏の終わりの時点で
堀は20歳、
片山総子は18歳です。

総子の母の広子は
大蔵官僚から日銀理事となった
片山貞治郎と
21歳で結婚していますから、
良家のお嬢様である総子も
この頃には婚約話が
進んでいたのかもしれません。

この作品は
「小説」ですから、
事実の裏打ちがある訳では
ありません。

しかし堀の
若かりし頃の恋は、
超エリートとの結婚という
「お嬢様の宿命」により
終わりを迎えたのかもしれないと
想像します。

ちなみに堀は、
この物語を書き上げたあとすぐに
室生犀星と芥川龍之介に
見てもらったと言います。

そしてそれが
「芥川さんに
原稿を読んでいただいた
最後のものとなつた」
と述べています。

堀がこの作品を発表した
約5ヶ月後に、
芥川龍之介は
亡くなっているからです。

撮影日20260520

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