【追分の恋人たちと堀辰雄文学】
私たちはとうとう
村はずれの岐(わか)れ道まで来た。
北よりには浅間山が
まだ一面に雨雲をかぶりながら、
その赤らんだ肌をところどころ覗かせていた。
しかし南の方はもうすっかり晴れ渡り、
いつもよりちかぢかと見える
真向うの小山の上に
捲き雲が一かたまり
残っているきりだった。
私たちが其処にぼんやりと立ったまま、
気持よさそうにつめたい風に吹かれていると、
丁度その瞬間、
その真向うの小山のてっぺんから
少し手前の松林にかけて、
あたかもそれを
待ち設けでもしていたかのように、
一すじの虹がほのかに見えだした。
「まあ綺麗な虹だこと……」
思わずそう口に出しながら
私はパラソルのなかからそれを見上げた。
森さんも私のそばに立ったまま、
まぶしそうにその虹を見上げていた。
そうして何だか非常に穏かな、
そのくせ妙に
興奮なさっていらっしゃるような
面持をしていられた。
(堀辰雄「菜緒子 楡の章」より)
ー
6月14日午前8時、
気温は16.4℃、晴れ。
画像は追分宿の西の端、
「分去(わかさ)れ」近くにある
江戸時代の
枡形(ますがた)の茶屋
「つがるや」から、
追分宿を眺めたものです。
追分宿を通って
ここまで歩いてきた2人が、
虹を見上げる場面を
堀辰雄は美しく描写しています。
ここに登場する
「パラソルを差した三村夫人」
のモデルは、
堀辰雄の憧れの人であった
歌人でアイルランド文学翻訳家の
片山広子。
三村夫人と共に虹を見た
心の恋人
「森於菟彦(おとひこ)」は、
芥川龍之介がモデルとも
言われています。











