【芥川龍之介「軽井沢で」と治安維持法】
軽井沢で
黒馬に風景が映(うつ)つてゐる。
×
朝のパンを石竹(せきちく)の花と
一しよに食はう。
×
この一群(ひとむれ)の天使たちは
蓄音機(ちくおんき)のレコオドを
翼にしてゐる。
×
町はづれに栗の木が一本。
その下にインクがこぼれてゐる。
×
青い山をひつ掻(か)いて見給へ。
石鹸(せつけん)が幾つも
ころげ出すだらう。
×
英字新聞には黄瓜(かぼちや)を包め。
×
誰かあのホテルに蜂蜜を塗つてゐる。
×
M夫人――舌の上に
蝶(てふ)が眠つてゐる。
×
Fさん――額(ひたひ)の毛が
乞食(こじき)をしてゐる。
×
Oさん――あの口髭(くちひげ)は
駝鳥(だてう)の羽根だらう。
×
詩人S・Mの言葉――芒(すすき)
の穂は毛皮だね。
×
或牧師の顔――臍(へそ)!
×
レエスやナプキンの中へ
ずり落ちる道。
×
碓氷(うすひ)山上の月、――月にも
かすかに苔(こけ)が生えてゐる。
×
H老夫人の死、――霧は
仏蘭西(フランス)の幽霊に似てゐる。
×
馬蝿(うまばへ)は
水星にも群むらがつて行つた。
×
ハムモツクを額に感じるうるささ。
×
雷は胡椒(こせう)よりも辛からい。
×
「巨人の椅子いす」と云う岩のある山、――瞬(またた)かない顔が一つ見える。
×
あの家は桃色の
歯齦(はぐき)をしてゐる。
×
羊の肉には羊歯(しだ)の葉を添へ給へ。
×
さやうなら。
手風琴(てふうきん)の町、
さようなら、
僕の抒情詩(ぢよじやうし)時代。
(大正十四年稿)
(芥川龍之介「軽井沢で」より)
ー
7月5日午前8時、
気温17.3℃、曇り。
濃霧のため旧中山道
碓氷峠への赤バスは運休です。
画像は雲場池。
引用したのは、
堀辰雄が師と仰いだ
芥川龍之介の作品です。
1924年(大正13年)に
初来軽した芥川は、
翌年も軽井沢で
夏を過ごしました
この風変わりな詩に
登場する
「舌の上に蝶が眠ってゐる」
M夫人というのは、
芥川の心の恋人だった
片山廣子
(ペンネームは「松村みね子」)
を差すのかもしれないと
筆者は想像しています。
それにしても芥川はなぜ、
「さやうなら。
手風琴(※)の町、
さようなら、
僕の抒情詩時代」
と書いたのでしょう。
(※アコーディオンのこと)
実は1925年は、
治安維持法が制定された年です。
芥川はその前年、
日本の帝国主義を痛烈に批判する
「桃太郎」という作品を
発表しています。
影響力の強い芥川のこの作品が、
当局の目に留まらないはずが
ありません。
そんな中
芥川は1925年を境に
国全体が暗い坂道を転がり落ち、
抒情詩とは無縁の世界に
なってゆくのを見て
「さようなら」と
書いたのでしょうか。
芥川が別れを告げたのは
軽井沢だけではなく、
そこに象徴される
国際色豊かで
音楽にあふれた
平和な在り方そのもの
だったのかもしれないのです。











