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室生犀星「碓氷山上之月」⑰出立

2026.10.31

【室生犀星「碓氷山上之月」⑰出立】

 昨日、
けふ発つことにしておいたが、
夕景近くなると
名殘り惜しい気がした。

しかし子供のことが
気になつて仕方がなかつた。

 晚食後に畳の上に
何か落ちてゐたので、
觸つて見ると何かの骨であつた。

 「鯛のほねたたみにひろふ
夜さむかなはどうぢや。」

 予はさう言つて
澄江堂(ちょうこうどう)に示した。

 「なるほど、それはうまい!」

 十一時五十幾分だから
夜はゆつくりひまがあつた。

松村さん一族が
お別れに散步いたしませう、
来年までおあひできませんから
と言つた。

澄江子(ちょうこうし)を加へ
五人づれであつた。

町の中をひと𢌞りした。

 「ことしは何かさびしいやうですね。」
 と、松村さんが言ふ。

全く去年とくらべると
そんな氣がした。

踏切りから
裏通りの別莊の前通りへ出た。

風月を樂しむといふ話が出た。

テニスコートの通りへ出ると
敎會堂からさんびかが起つてゐた。

風は秋の十月くらゐの
凉しさであつた。

 「お國に入らつしやると
お年を召すやうな気が
いたしませんか?――」

 松村さんがさう言つた。

 「ええ、それは、
そんな気もしますが……」

 散步から歸ると、
遲いから見送りをおことわりした。

澄江堂と例の応接間に居残つた。

十一時十分過ぎに車が来て
みんなに別れた。

(十四日、八十度)

(室生犀星「碓氷山上之月」より)

⸻

画像は、
旧中山道碓氷峠
見晴台の朝のモミジです。

氷点下となったため、
凍りついていました。

左上に微かに見える
テーブルマウンテンは、
離山です。

ところで
「碓氷山上之月」は、
つるや旅館からの出発で終わります。

お別れの散歩のとき、
片山廣子が
「お國に入らつしやると
お年を召すやうな気が
いたしませんか?――」
と尋ねます。

恐らく
夏の軽井沢で1人で過ごしていると
独身時代の気分になるが、
国に帰ると
役割意識の中で
過ごすことになるからーー
という意味かもしれません。

しかし犀星は軽井沢にいても
常に金沢の家族のことを
気にしているので、
国にいても避暑地にいても
意識に変わりはないのかも
しれません。

それで
 「ええ、それは、
そんな気もしますが……」という
肯定とも否定ともつかない
返事をしたのだと思います。

⸻

しかし早々に金沢に帰るのは、
実は別の意味もあったのではないか
という気がします。

つまり何でもお見通しの
自分がいると
芥川は片山廣子に
思いを打ち明けられないだろうと思い、
気を効かして
早目に軽井沢を発ったのかも
しれないのです。

「家族が心配で
仕事が手につかない」
というのも事実でしょうが、
8月3日に来軽して
14日に帰ってしまうのは
余りにも短いという
気がするからです。

そんな犀星は出発前に
芥川と応接室で歓談しますが、
そのとき芥川に
何を告げたのでしょう。

それとも
芥川は犀星の意図に気付きながら、
そして犀星も芥川が
自分の意図に気が付いていることを
知りながら、
互いに大人の態度で
それを口に出さずに
別れたのでしょうか。

このとき
片山廣子46歳、
室生犀星35歳、
芥川龍之介は32歳です。

まるで兄弟のような
犀星と芥川、
そして片山廣子という
3人の「物書き」にとって、
1924年(大正13年)8月は
忘れられない
特別な夏となりました。

ちなみに華氏八十度は、
摂氏約26.7度です。

撮影日20261029
投稿日20261031

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