【芥川龍之介「軽井沢日記」④スランプ】
八月六日。晴。
感興(かんきょう)頓(とん)に尽き、
終日文を草(そう)する能はず。
或は書を読み、
或は庭を歩し、
犀星の憫笑(びんしょう)
する所となる。
この庭に植ゑたる草木花卉(かき)、
大体下に掲ぐるが如し。
松、落葉松(からまつ)、
五葉松(ごようまつ)、榧(かや)、
檜葉(ひば)、枝垂れ檜葉、
白槇(しろまき)、
楓、梅、矢竹(やだけ)、
小てまり、山吹、萩、
躑躅(つつじ)、霧島躑躅、
菖蒲(しょうぶ)、だりあ、
凌霄(のうぜん)はれん、
紅輪草(こうりんさう)、
山百合、姫向日葵(ひめひまわり)、
小町草(こまちさう)、
花魁草(おいらんさう)、
荵(しのぶ)、針金草(はりがねさう)、
鬼ぜんまい、雪の下、
秋田蕗(あきたぶき)、
山蔦(やまつた)、五葉(ごは)、
――五葉の紋章めきたるは愛すべし。
午頃、田中純來る。
運動服を調へ、
チルデン愛用ラケツトを買ひ、
毎日テニスしつつありと言ふ。
(芥川龍之介「軽井沢日記」より)
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画像は、
夕暮れの落葉松林です。
ところで芥川は
感興がすぐに尽き、
スランプ状態にあるようです。
それを犀星に
気の毒がられています。
そのためこの日は、
庭の花木をあげつらうに
留めました。
ただ小説家で翻訳家の
田中純が訪ねてきたことは、
ちゃんと書きました。
しかし室生犀星の
「碓氷山上之月」によると
この日片山廣子から
手のひらくらいの
大きな栗饅頭を6つ送られ、
昼食後に食べているのです。
(持ってきたのは女中さん)
そのことについては
一言も触れず
仕事が手につかなくて
ウロウロしている芥川は、
このとき完全に
恋に落ちていたのではないか
と思います。
ちなみに
「五葉(ごは)」は、
地元の言葉で
ヤグルマソウのこと。
そして芥川龍之介の「軽井沢日記」は、
8月6日で終わってしまいます。










