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芥川龍之介「軽井沢日記」③不自然な沈黙

2026.10.18

【芥川龍之介「軽井沢日記」③不自然な沈黙】

 八月五日。陰(くもり)。
村幸主人、土屋秀夫來訪。

辰雄、
二時の汽車にて東京に帰る。

 薄暮、散歩の途次、
犀星と共に萬平ホテルに至り、
一杯のレモナアデに
渇(かわき)を癒す。

客多くは
亞米利加(アメリカ)人。

露台(ろだい)に
金髮紅衣(こうい)の美人あり。

籐椅子に倚(よ)つて
郎君(ろうくん)と語る。

憾(おしむ)らくは郎君の鼻、
鷲の嘴(くちばし)に似たることを。

ホテルを去つて
オウデイトリアムの前に至れば
音楽会の最中なり。

堂前樹下(どうぜんじゅか)、
散策の客少からず。

偶(たまたま)御亭主と腕を組みたる
黄面短軀(おうめんたんく)の
奧樣を見る。

月を仰いで嘆じて曰(いわく)、
「蒼白い月だわねえ。」

窮巷(きゅうこう)に
文を売ること十年、
未だ甚(はなは)だ多幸ならざれど、
斯(かく)の如き夫人の
毒手(どくしゅ)に入るを
免(まぬか)る、
亦一幸たるに近かるべし。

 夜、オオニイルの
「水平線の彼方」を読む。

浅俗、映画劇を見るに似たり。

(芥川龍之介「軽井沢日記」より)

⸻

画像は、
オーディトリアム通りです。

この日の日記には、
様々な人が登場します。

村幸は、
つるや旅館からほど近い場所にあった
骨董品店。

そして堀辰雄を送り出したあと、
万平ホテルへ
わざやざレモネードを飲みに行く。

芥川も犀星も
仕事をするために
つるや旅館に逗留しているので、
気分転換のためでしょう。

上流階級の人間観察も、
兼ねていたようです。

芥川は
人を見てはいちいち
美人だの鼻が鷲鼻だの
顔が黄色くて背が低いだのと、
好き放題書いています。

しかし
室生犀星の「碓氷山上之月」によると
この日の散歩のあと、
松村みね子(片山廣子)が
つるや旅館の離れに来て
犀星と話をしています。

その際、
隣室にいる既知の芥川と
話をしないはずがありません。

それなのに
片山廣子について、
一言も触れていないという不自然さ。

この時点で既に、
芥川の恋は
始まっていたのかもしれません。

撮影日20230709
投稿日20261018

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