【室生犀星「碓氷山上之月」④軽井沢ホテルと郵便局】
晚、輕井澤ホテルヘ三人で行く。
すぐ脇隣りに
岩谷天狗のやうな西洋人がゐて、
四合入の牛乳の甁を控ヘ
ビールのやうにどくどく飮んでゐた。
「あれをみんな飮むつもりか?――」
予は少なからず恐怖した。
「君、ちやんと聞いてゐるよ、
あつち向いてゐてもね。」
澄江堂はしつしつ
といふやうな顏をする。
……なるほど、
田舍へ行つてから声が
大きくなつた矢先きだし、
あわてて予は緘默(かんもく)した。
西洋人は予らが食卓を離れるまでに
完全に牛乳の四合入りを
一滴あまさすに飮んでしまつた。
予はいまさらに世界地図に
一覧を与へたやうな悠大な氣がした。
喫煙室に坐つてゐるうち
去年見た西洋人が
泊つてゐないことに氣がついた。
三人の子供に順繰りに
本をよんで聞かせてゐた
美しい異人の母親は來てゐなかつた。
外へ出てから予は
辰ちやん子に囁いた。
「去年とはさびしいやうだね。」
「そんな氣がしますね。」
(四日、七十六度)
(室生犀星「碓氷山上之月」より)
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画像は
1911年(明治44年)建築の、
旧・軽井沢郵便局。
国登録有形文化財で、
現在は軽井沢タリアセン内の
「深沢紅子 野の花美術館」
となっています。
ところで軽井沢ホテルは
旧・軽井沢郵便局のあった場所、
つまり現在の
軽井沢観光会館から
100mほど離れた
チャーチストリートの
辺りにありました。
そこは軽井沢宿の
本陣・問屋があった場所で
旧本陣の佐藤家が
1872(明治5)年、
本陣敷地内に郵便取扱所を設置。
2年後に
軽井沢郵便局となり、
1988年(明治21年)に
雲場に再設置されるまで
使われていました。
その後佐藤家は
旧本陣敷地内に
洋式の「軽井沢ホテル」を建て、
1901(明治34)年に開業。
1938(昭和13)年の廃業まで、
同ホテルは
数多くの外国人や文人等に
利用されました。
室生犀星と芥川龍之介は
そんな軽井沢ホテルで、
東京第一高等学校の生徒だった
堀辰雄に
夕食をご馳走したのです。
犀星はその際に見かけた
4合の牛乳を飲み干す人物を、
「岩谷天狗のような西洋人」と
書いています。
恐らく「天狗煙草」を売り出した
岩谷商会の
「天狗燐寸(まっち)」に印刷された、
目のギョロリとした
ヒゲの天狗ことと思われます。
それを見て
「世界地図に
一覧を与へたやうな悠大な氣がした」
と大袈裟に書くところが、
いかにも犀星らしい。
一方、
昨年見た
三人の子供を連れた
「美しい異人の母親」がいないことを
「さびしい」と書いています。
こうした西洋人観察も、
軽井沢で夏を過ごす
楽しみのひとつだったと
いうことでしょう。
ちなみに華氏七十六度は、
摂氏約24.4℃。
驚くべき涼しさです。










