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室生犀星「碓氷山上之月」①犀星来軽

2026.10.11

【室生犀星「碓氷山上之月」①犀星来軽】
 
ぽつたりと百合ふくれゐる株の先

 その百合の花が
一本に四つの花をもつてゐる。

四つといふ数はきらひである。

それゆえその一つを
剪(き)つてしまふ。

ところが最(も)う一本の百合にも
四つの蕾がふくれてゐる。

やはり剪ることにした。

 澄江堂(ちょうこうどう)は
となりの襖を隔てた部屋で、
予は入口の方に室を撰(えら)んだ。

窓の前に小さい池があつて
噴水がのぼつてゐる。

筧(かけひ)に穴を
うがつてあるところから
一間くらゐの水が輪のやうに
池の面を敲(たた)いてゐる。

まるで誰か小便をしてゐるやうで、
見てゐるのが
呼吸(いき)苦しくなる。……

 澄江堂と襖一重では
あとになつてお互ひ
窮屈にならぬかと思ふ。

澄江堂は君さへよければ
関(かま)はぬといふ。

しかし君にどうかといふ。

なるべく隣室でない方がよいけれど、
室がないからお互ひに
がまんすることに仕やう
といふことになつた。

(大正十三年八月三日、七十九度)

(室生犀星「碓氷山上之月」より)

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画像は、
急軽井沢のつるや旅館です。

ところで引用したのは、
室生犀星が
1924年(大正13年)の
夏の軽井沢での出来事を書いた
「碓氷山上之月
(うすいさんじょうのつき)」です。

ここで
襖一枚の隣室に入った
澄江堂というのは、
芥川龍之介のことです。

日付のあとの
七十九度というのは、
華氏のことでしょう。

摂氏にすると約26.1℃。

犀星が涼しい軽井沢を、
堪能していたことが分かります。

それにしても
飄々とした
犀星の文を読んでいると、
落語を聞いているような
気分になりますね。

⸻

ちなみに犀星は、
1920年(大正9年)から
軽井沢へ避暑に来るように
なりました。

翌1921年(大正10年)には
詩人の萩原朔太郎が、
犀星に誘われて初来軽。

1923年(大正12年)は
第一高等学校の学生で
当時18歳だった堀辰雄が、
犀星に連れられて
初来軽しています。

そして1924年(大正13年)は、
以下のような流れになっています。

⸻

■1924年夏のつるや旅館■
・7月22日 芥川龍之介、つるやへ
・7月27日 片山廣子一家、つるやへ
・8月3日 室生犀星、金沢からつるやへ
・8月4日 堀辰雄、つるやへ
・8月5日 堀辰雄、東京へ帰る
・8月13日 芥川・犀星・片山廣子・
      総子らが碓氷峠へ月見
・8月14日 犀星、金沢へ帰る
・8月19日 芥川、片山廣子、
      つるや主人 佐藤不二夫氏と
      追分に行き虹を見る
・8月23日 芥川、つるやを出る

⸻

芥川が恋に落ちた、
文学史に残る夏です。

明日は同じ日の、
芥川の日記を
ご紹介します。

撮影日20260802
投稿日20261011

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