【片山廣子「翡翠」⑧神秘体験】
此夕べ淺間の煙かがやきて
にほふ入日に寺の鐘なる
遠山と我と立つ時やみに伏す
大野のむねにおつるいなづま
(片山廣子「翡翠(かわせみ)
輕井澤にてよみける歌十四首」より)
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画像は
中軽井沢駅前から望む、
夕暮れの浅間山です。
一首目は
この夕べ、
浅間山の煙が夕日に輝き、
香り立つような夕日の中で
寺の鐘が鳴っている
という歌です。
夕日に染まる
雄大な浅間山と、
茜色の空。
感動して見とれていると、
寺の鐘が鳴る。
今のこの一瞬が、
永遠の美に溶け込む。
片山廣子は
聖なる歓喜に包まれるという、
一種の神秘体験をしたのではないか
という気がします。
短歌という
媒体を通じて
片山がこの歌を詠んだ時のシーンに
焦点を当てると、
そんな情景が思い浮かぶのです。
そして
「不思議な体験をした特別な夕暮れ」
だからこそ、
「この夕べ」と
したのかもしれません。
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2首目は、
日が落ちてしばらくした
時間帯でしょうか。
森や田畑は真っ暗でも
ほんの少しだけ空に
藍色が残っているとき、
黒々とした山のシルエットが
夜空に浮かび上がることがあります。
片山廣子は
軽井沢の平野の向こう、
恐らく南方向にある
山のシルエットを
感動をもって
眺めていたのではないでしょうか。
そこに一瞬、
自分と山との間にある
野や田畑を照らして
稲妻が光る。
その直後に、
落雷の轟音。
地響きを感じるような、
至近距離だったと思います。
壮大な天と地のドラマ。
感動で全身が
総毛立つような
地球のエネルギーを前に、
片山は自分の中に
新たな境地が開けるのを
ある種の驚きをもって
見つめたのかもしれません。
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片山廣子の
「翡翠(かわせみ)
輕井澤にてよみける歌十四首」は
以上です。
片山は平易な言葉で、
様々な神秘体験を
語っているという気がします。
そしてその事実を知った時、
芥川龍之介は
完全にノックアウトされて
しまったのではないかと
筆者は想像しているのです。











