【片山廣子「翡翠」⑤寂滅】
夕もやに顏うかせたる花あざみ
寂しき息を野にただよはす
わた雲とみそらと我となでしこと
嶺にある日はいとさびしけれ
さびしらに淺間葡萄も吸ひて見む
人醉はしむる毒ありといふ
(片山廣子「翡翠(かわせみ)
輕井澤にてよみける歌十四首」より)
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画像は、
カワラナデシコです。
ところで片山廣子は、
ここで「寂しさ」の歌を
3首並べています。
一首目は
アザミの静かな佇まいを
歌っています。
しかし「顔浮かせたる」や
「息を野にただよわす」などは、
常人では思いつかない表現です。
まるでそこに、
小さな花の妖精が
立っているかのようです。
そうした
花の意識に同化するような感性には、
本当に驚かされます。
片山廣子の心の静けさが、
ひたひたと伝わってくる歌です。
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2首目も、
人界を離れた
仙人のような境地が
垣間見える歌です。
寂滅の中に憩い、
大いなる存在の気配を
感じ取っているようにも思えます。
片山廣子が
「みそら」を使うのは、
「創造主」の存在を
意識しているときなのではないかと
筆者は思っています。
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3首目の
浅間葡萄とは、
クロマメノキのことだそうです。
青黒い色をした
甘酸っぱい実で、
筆者は登山道脇で見つけたとき
よく摘んで食べていました。
しかし酔う成分があるというのは、
初めて聞きました。
そのように思われていた
ということでしょうか?
片山廣子も1人で歩いていたとき、
この実を見つけて
恐る恐る食べてみたのでしょう。
クロマメノキと私という
閉じた世界の中で
命の源をいただく
厳(おごそ)かな儀式を
見るかのような、
不思議な印象を与える歌です。












