【堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」⑬絶筆】
私はその朝も七時になると、
いつものように身だしなみをして、
階下に降りていった。
私はその前にしばらく
お前の寝室の気配に
耳を傾けてみたが、
夜じゅうときどき思い出したように
きしっていた寝台の音も
今はすっかりしなくなっていた。
私はお前がその寝台の上で、
眠られぬ夜のあとで、
かきみだれた髪の中に
顔を埋めているうちに、
さすがに若さから
正体もなく寝入ってしまうと、
間もなく日が顔に一ぱいあたり出して、
涙をそれとなく乾かしている……
そんなお前のしどけない寝姿さえ
想像されたが、
そのままお前を静かに
寝かせておくため、
足音を忍ばせて階下に降りてゆき、
爺やには菜穂子の起きてくるまで
私達の朝飯の用意をするのを
待っているように云いつけておいて、
私は一人で秋らしい
日の斜めに射して
木かげの一ぱいに拡がった
庭の中へ出て行った。
寝不足の目には、
その木かげに点々と
落ちこぼれている日の光の工合が
云いようもなく爽(さわ)やかだった。
私はもうすっかり葉の黄いろくなった
楡にれの木の下のベンチに
腰を下ろして、
けさの寝ざめの重たい気分とは
あまりにかけはなれた、
そういう赫(かがや)かしい
日和(ひより)を何か
心臓がどきどきするほど
美しく感じながら、
かわいそうなお前の起きてくるのを
心待ちに待っていた。
お前が私に対する反抗的な気持から
あまりにも向う見ずな事を
しようとしているのを
断然お前に諫止(かんし)しなければ
ならないと思った。
その結婚をすれば
お前がかならず不幸になると
私の考える理由は何ひとつない、
ただ私はそんな気がするだけなのだ。
――私はお前の心を
閉じてしまわせずに、
そこのところを
よく分かって貰うためには、
どういうところから
云い出したらいいのであろうか。
いまからその言葉を
用意しておいたって、
それを一つ一つお前に向って
云えようとは思えない、
――それよりか、
お前の顔を見てから、
こちらが自分をすっかり無くして、
なんの心用意もせずに
お前に立ち向いながら、
その場で自分に浮んでくることを
その儘云った方が
お前の心を動かすことが
云えるのではないかと考えた。
……そう考えてからは、
私はつとめてお前のことから
心を外らせて、
自分の頭上の真黄いろな楡の木の葉が
さらさらと音を立てながら
絶えず私の肩のあたりに
撒まき散ちらしている
細かい日の光を
なんて気持がいいんだろうと
思っているうちに、
自分の心臓が何度目かに劇(はげ)しく
しめつけられるのを感じた。
が、こんどはそれはすぐ止まず、
まあこれは一体どうしたのだろうと
思い出した程、
長くつづいていた。
私はその腰かけの背に
両手をかけて漸(や)っとの事で
上半身を支えていたが、
その両手に急に力がなくなって……
(堀辰雄「菜穂子 楡の家 第二部」より)
ー
画像は、
御代田町の雪窓(せっそう)公園から望む
浅間山です。
ところで
引用したのは、
三村夫人の絶筆となる日記です。
この小説の中で三村夫人は、
狭心症の発作で
亡くなったことに
なっているからです。
堀辰雄はそんな夫人が最後に見た
秋の追分を、
美しく書き上げています。
まるで夫人の逝き先、
その荘厳な天界を示すかのように。
三村夫人のモデルとなった
アイルランド文学翻訳者の片山廣子は
1957年(昭和32年)に
79歳で亡くなりましたが、
小説「菜穂子」では
芥川龍之介がモデルである
作家の森さんと
その心の恋人三村夫人が
相次いで亡くなります。
堀は三村夫人を、
「伴侶と友人に恵まれ、
愛に生きた情熱の人」として
描きたかったのかもしれません。













